第11話≪外道の準備は整った≫
レオンを見送ったソニアはいよいよ、1人きりになる。これはソニアの心情だ。物理的には生みの親もザバーニャも神官も、自分の味方は大勢いるのだが、もはや今となっては安心できるのはレオンの傍。頼れる人物もレオンだけ。ソニアにとっては今は独りぼっちになったも同然の事。
しかし、それはそれでやるべきことがある。恋慕、欲望、本能、忠誠、レオンへの想いのぶんだけ考えるべきことも多くある。
(レオン様は何も計画について話してはもらえなかったですけどぉ……自分で考えらえる女じゃないとダメなんですよね。どうしたものでしょうかぁ……)
久々の再会だがソニアは自分から言葉を発しない。国王?話す意味がない。そんな考えになっているから。
その微妙な沈黙に耐えかねた国王がソニアへ声をかける。
「ソニア。あの村の近くの人間の街の奴隷商に連れて行かれそうになったらしいな。大丈夫だったか?」
「ええ。勿論ですよぅ。勇者様に助けていただきましたから。無事に帰ってくることができましたぁ」
「む……お前はそんな話し方だったか?……無事ならいいがな」
昔のソニアを知る者と話すたびに問われる口調の変化。それが隷属ゆえのものとは、だれも気づきようがない。
「心機一転です。勿論この通り無事ですよぉ。長旅で疲れてしまったので寝室で休んでもいいでしょうか?」
愛想は無い。笑顔も無い。ソニアの口調は丁寧だが心はまるで籠っていなかった。
国王に末端の姫だからと村に飛ばされたのが理由ではない。
ただレオンの計画に関係のない相手なら愛想をふるまう必要がないと思ったからだ。
礼を尽くすのも忠誠を誓うのもレオン一人でいい。ならば目の前のクソジジイなぞどうでもよい、と心中レオンの計画の事で頭がいっぱいだった。
「そう、か……。ならば話は元気になった明日にでも聞かせてもらえると嬉しい。養生してくれ」
久しぶりの再会とは思えない程に、親子の中とは思えない程に冷えた会話だったが、特に神官が口をはさむことも無かった。
ソニア姫は長旅と誘拐未遂でとてもお疲れ、国王はそんなソニア姫を気遣って今はあまり言葉を交わさない、最低限の無事だけ確認できれば時間がたった後、親子団欒すればよいと考えているのだろう。
国王とソニアの関係はそんなものではないのだが。
その会話を最後に、ソニアと国王の謁見は終了した。
「ソニア様、こちらが寝室です」
その後すぐさま神官に連れられて謁見の間を退室したソニアは寝室を所望し、入るやいなやすぐさまベッドへ飛び込んだ。
今までの疲労を取るためだ。勿論疲労を取るのはいつでも動けるようにしておくため。
「レオン様……ここ数日、レオン様の体臭を嗅いで寝ていないせいか、不調続きですぅ」
無臭の枕に顔を押し付けて勇者の体臭に思いを馳せる。そんな姫は歴史上初だろうが、確かにここに一人は存在した。
ちなみにレオンの体臭はとてもキツイ匂いだが……惚れれば全て良い物にみえてくる。そんなものである。
成分供給ができていないのはザバーニャや護衛兵がつきっきりで警備していたため、レオンと一緒に寝ていなかったからだ。そのせいでフラストレーションも溜まりつつある。
「……窓を、開けておきましょうかぁ」
そのころ洞穴にて。
「長すぎんだろ、この洞穴よう」
「入ったばかりの時も同じセリフを言ってたじゃないかい、おまえさんは、ひひ…」
アデライーダとレオンは洞穴を進んでいた。
じれったくなったレオンが途中からランプをもって先頭を小走りに進んでいる。老婆であるアデラの歩調は全く考えていないが、特に後れを取ることも無く後ろからついてきている。
延々と続く闇。見えているのはランプの明かりが届くほんの少しの範囲だけで非常に歩きづらい。
洞穴の中は整備が全くされておらず、地面がごつごつしていて足を取られて転倒すればかならずどこかの骨が砕けるだろう危険な道。
保証されているのは入り口と全く変わらない穴の大きさと、楕円形という穴の形のみ。
森と同じく振り返ればどちらが進んできた方角かすぐに解らなくなるだろう。
「あの神官とかにハメられたって線はねーのか?」
「ないね。このエルフの伝承はずうっと伝わってるもんさ。あたしが子供のころから聞いているよ」
「魔剣もか?」
「ああ。だからこそ、あたしはこの計画を長年夢見てきたんだから……アレの正体までは解らなかったが、流石は勇者の運命ってやつだねぇ。ああも簡単に直接調べられるなんてねぇ」
「気のなげぇ奴だよな。勇者が自分の代に生まれなかったらどうしてたんだよ」
「そんときゃ普通の魔法を取得して普通に青春を謳歌したさね。無駄な解呪魔法に人生を注いだのも全てこのときのためだけなんだからねぇ」
「気の長いババアだ……お?出たんじゃねーか?」
目の前に広がるのは変わらずの闇だが、どことなく奥行きを感じる、大きな広間に出たようだ。
レオンはランプをアデラに手渡し、アデラは魔力を調節してランプの火を強くする。すると照らし出されるはやはり広大な空間…だけではなかった。
「おい、でけーぞあの蜘蛛……」
ぐるりと人間の何倍もある蜘蛛が動く。尻を向けていたがレオン達の気配を感じ振り向いたのだ。
色は土色をしているが他は通常の蜘蛛と変わったところはない。その巨大さ以外には。
八つの眼が動かなくともレオンとアデラを見つめているのが解る。
八本の足は動くたびに地面を穿つように穴を空けている。
広大な空間だが、それを目いっぱい埋めてしまうほどの体躯を、土蜘蛛は持っていた。
「ひひ、倒す必要はないよ。剣がどこにあるか探すんだ。言ってある通りあたしは戦闘力はないからねぇ。必死に守っておくれよ」
「ちっ……めんどくせぇ。せめて老眼こらして剣さがせや」
走り出しながらアデラへ叫ぶ。剣を探すためと、アデラから意識を逸らすため。
レオンは負傷してもまだ助かる策はあったがアデラは老体だ。そのまま即死されては二人の計画に支障が出る。
「やっぱでけーよ。土野郎……」
いくら走ってもなかなか胴体の下の死角に辿りつけない。
「おい、アデラぁ!剣を見つけろ!」
この体躯差に勝機はないと判断。だが倒す必要はもともとない。レオン達の勝利条件である魔剣の入手を急がせる。
土蜘蛛の巨大な体の下を必死に駆けずり回り、足による押しつぶし、糸による絡めとりを回避するレオン。
傭兵時代に積み上げた戦闘能力を全て危険回避のために用いて必死に土蜘蛛の攻撃をかわす。攻撃を受けない箇所、死角への移動に全力を注ぐ。
「見当たらないねぇ……この空間にはない。見たところ蜘蛛の身体にもない…となると、蜘蛛の上の部分はどうだい?」
命のやり取りに必死なレオンと違って入り口付近で静かに魔剣を探すアデラは落ち着いた声で返している。
「倒さねぇと出ないなんてことねーだろうな!!」
間一髪の連続。飛びのいた瞬間元居た地面が足でえぐり取られる。
飛散してくる土礫を腕でガードしながら着地と同時に再び逃げ回る。
「魔剣と土蜘蛛の伝承は別の物よ。……他に分かれ道も無かったし行き止まりみたいだし、ここであってるはずだから……。その土蜘蛛が飲み込んだのかいねぇ」
「は?そんなんどうやって出すの?」
額に青筋を浮かべ名がら大声で怒鳴り走り続けるレオン。蜘蛛はその場で足踏みしているだけだがレオンは止まることなくずっと走り続けている。
傭兵時代に積み重ねた鍛錬が無かったら既に押しつぶされて死んでいるだろう。
明らかに動きが鈍るレオンを見てアデラも流石に焦りが出てくる。レオンの体力や集中力の問題もある。レオンの失敗はアデラの今までの全てを無にすることに他ならない。
「ちょっと待て、もうすぐ来るはずだからねぇ…」
「は~い。お待たせしたわ~」
アデラとレオンしか人間が居ないこの空間に、第三者の声が響き渡る。
緊迫した状況にとんでもなく不釣り合いな間延びした声、だがその声はとても妖艶で耳に注がれるような艶美さがある。
「誰だよおい!!」
レオンは怒鳴りながら周囲を見渡すが蜘蛛の足から逃げながらでは確認が難しい。
状況を確認しやすいアデラに視線を向けて説明を求めるがアデラは対照的に安堵の表情を浮かべている。
「そら、来たよ。これでもう計画は完遂だ。祝杯だよ!」
歓喜に満ちたアデラの声。比較的いつも冷静なアデラがここまで感情をあらわにしたのは珍しいことだ。
「ふふふ。やっちゃうねぇ…!!」
その声と共に、巨大な土蜘蛛から発せられていた強大な殺気が消える。
戦場から緊張感がなくなり、レオンはいち早くそれを察する。
「死んだのか?」
レオンの呟きと同時に横の壁にもたれかかるように蜘蛛の巨体が倒れ崩れ落ちてゆく。ばらばらと切断された足や胴体が剥がれ落ち砂埃が舞い始める。
「ちょっと森の中とか久しぶりだったから~。手間取ったけど、間に合ったね~」
おっとりはしていない。のんびりした鋭利な声音が宙を漂う様に発せられている。
「誰だてめぇ?」
蜘蛛が死んだことでレオンの傍に歩み寄ってきたアデラ。
その二人の前に蜘蛛の脇から現れたのは…。
「私の名前はフェレストフィリアでございます~。そこのおばあさんに頼まれて、今この時、土蜘蛛を倒しに参上したの~…」
そう名乗ったエルフ族の女、フェレストフィリアはゆっくりと此方へ歩み寄ってくる。
足元まで垂らした長い金髪に造形が異様に整った儚げな薄幸美人。翡翠の眼と尖った耳。
茶色い外套を纏い、濃い赤の丈の長いスカートを身に着けている。
足には他のエルフと同じ装飾のないつるんとした履物。
身長はレオンと同じくらいなので結構高い。
「そうか。ならお前も剣を探すのを手伝え」
口調はいつも通りだが、アデラの仲間だと解ったからこその平静だ。
土蜘蛛を一刀両断する程の相手では流石に今のレオンでは前世よろしく土下座しか、敵対した時には取る道がない。
いきなり?と隣のアデラが驚いている気配がするが関係ない。今は魔剣が最重要事項だ。
「それなら、蜘蛛のお腹にあったこれでしょー?」
「あぁ?」
いつの間にかフィリアの足元には装飾の凝った禍々しそうな剣が転がっている。
「いつのまに……。おい、あれがそうか?」
先ほどまでは絶対になかったが、今は気にしている余裕がない。隣のアデラに真贋を確かめる様促すが、アデラはその前に一目散に剣へと走り出していた。
「やっぱ気のはええババアだな」
そんな貪欲な老人を呆れ気味に眺めるレオン。
「これだわ…これで!あたしの悲願が達成されるよぉ!レオン!早くこれをもって、ソニアのとこへ連れてっておくれ!」
老人と言えど決してよたよたとはしていない、しっかりとした足運びで小走りに重たいであろう剣をかついでレオンの元まで駆け寄ってくる。
「おう。そんならこれで遂に……」
レオンも自然と笑みが零れる。フィリアの事など忘れて元来た道を二人で駆け上がってゆく。
「いってらっしゃ~い~」
ひらひらと、フィリアは自前の刀を杖にしてよりかかりながら慌てて駆け戻ってゆく二人の背中へ手を振っていた。
一心不乱。レオンとアデラは最初ランプを付けることも忘れて暗闇の中を走っていたが途中で流石にアデラが思い至りランプの明かりをつけていた。
最初の通った時のような不安がない分足取りが軽い。片方は老婆であるにもかかわらず、二人分の靴音が跳ねるようなリズムを刻んで洞穴内に響き渡っている。
「それにしてもよ、これは先代の勇者も使ってたんじゃねーのか?」
今までの勇者が使ってた武器というものがあるのは聞いている。ならばこれもその一つではないか。ならばなぜあのような危険な場所にあるのかと問いかける。
「魔剣や秘宝は限られた条件下で産み落とされることがある。それはその一つだろう。産み落としたモンスターの能力に左右されるからエルフ国はその剣の力がなんであるか知ってたわけさね。それと歴代の勇者が使ってたものはみなそれぞれ世界に点在する古代遺跡に納品されている。全部じゃないがね。それに効力を失っているものもある。墓荒らしの様なやからに遺跡を襲撃されて回収不可能になった品もあるとか。ただどういう基準かは解らないがこの洞穴みたいに女神の加護とでもいうべきか、勇者しか取れないようになってる場所も数多くあるみたいさねぇ」
「チッ。なんだそりゃ。俺が楽できるように一か所にまとめとけよなぁ」
冗談の類ではなく、心の底からそう思っている。
「もしそうしたら魔王に滅ぼされちまうよ。ここいらに影響がないだけで魔王は着実に侵攻を開始してるって話だしねぇ。侵攻というかその前段階の準備みたいなものらしいが。北の方では魔王の幹部の目撃情報とか多いらしいさね」
「はーん。今は興味ねぇ。命の安全が一番だ」
異世界から放り出されてはそうなるのも当然かもしれないが、興味がないとまで言い切ったのはレオンが初かもしれない。
「よし。お前はどうする?隠れていくか?一緒にくんのか?」
洞穴の入り口の光が見えてきた。ようやく出口だと、レオンが行動方針を決めるため後ろを走るアデラを振り向いた、瞬間。
その眼に飛び込んできたのは急いで横を駆け抜けていくアデラ。
「うお!?なんだぁ?」
「レオン!走るんだよ、ソニアを探しに行くさね!」
その声に重なって聞こえるのは「いたぞ!追いかけろぉ!」との、護衛兵の怒鳴り声。
洞穴を駆け抜け飛び出てきたレオンが見たのは、洞穴周辺を敵対心むき出しで包囲するエルフの護衛兵達と、その間を物凄い勢いで一足先に駆け抜けていくアデラ、更にはその後を追いかけていく護衛兵。
「んだよ、このカスども……!!」
慌ててレオンも走り出す。当初から持っていた剣を投げ捨て牽制しながら、立ちはだかる護衛兵には正拳突きをかまして撃沈させながらアデラの後を追いかける。
「あ?硬えな…ゴキブリかよおい…」
感触がおかしい。女神の力によって勇者補正がかかっているレオンの拳は通常の人間のそれより数段威力が高い。
それでも振り返ると完璧に鳩尾に食らわせた護衛兵も呻きながら立ち上がれるほどの効果しか発揮していない。
「魔法かなんかか?鎧の感触じゃねえな…。おい、アデラ!待ちやがれっ…」
前世で鍛えた傭兵の肉体はこの世界でもなかなか強い方だった。ギルドでの冒険者たちとの攻防からその事は解っている。
それは脚力、走力にも現れていて、悪路でもお構いなしに走破してきた傭兵のアウトローな走り方は追い縋る護衛兵達を少しずつ遠ざけていく。
「お前はえーな、つーか道はあってんのか?」
それでもアデラに追いつくのは苦労した。本当に見た目通りの老婆かと疑うほどの健脚っぷり。
「ひひ。当たり前さね。このアデラが生涯費やしたギャンブルなんだからねぇ」
二人は王宮付近の森の中をひたすらに走る。
魔剣はレオンが腰に刺して持ち、アデラが道を先導する。
「なにか会話できる魔法道具でも買っとけばよかったな」
「護衛団と出会った時点で持ってなかったのならあきらめるしかないねぇ。作戦がばれるのが早まるだけさ。これは勇者の運命。女神の力があってこそ成り立つ作戦。出会いが紙一重なんだからさぁ」
「それにしてもなんで追われてんの俺ら?この世界勇者に優しくなさすぎんだろ。やっぱクソエルフの国だからか?」
「あたしの存在がばれたかもしれないねぇ。解呪師だって事がばれたら多分。連鎖的に計画が露呈するだろうしねぇ」
「んっ!?……待て」
突如、神妙な顔をしてレオンが立ち止まり、鼻を突き出して周囲の匂いを嗅いでいる。その様子はまさに豚……ゴリラ顔だが。
「れ、レオン?!立ち止まったら捕まるさね!!拘束されたらチャンスが無くなるよ!?」
魔剣が手に入ったとてアデラが一人で成し遂げられる計画ではなかった。
レオンが止まればアデラも止まるしかない。
「生理くせぇ匂いがする……ソニアだ、ちけぇぞ!」
「……何を言ってんだい?」
元から荒々しい言動はあったが奇怪な事を言う人物ではなかったとアデラは記憶していたが、この緊急事態にいきなり何を言い出すのかと困惑している。
「こっちだ、もうすぐ……!!」
今度はレオンが駆け出し、アデラがそれに続く。
どうしたのだとアデラが後ろから声をかけてくるが、レオンは匂いを追うのに集中していて返事をする余裕はない。
いまだ森を抜けていない二人は、日が落ちてきて更に闇が深まりつつある森の中をひたすら走る……。
とその時木の陰から一人の女性が飛び出してくる。
「きゃぷっ……はぁ!やっぱりレオン様……とても芳醇な雄の香りがしたので頃合いかと思い参上いたしましたぁ」
突進してきた女は、レオン曰く生理臭い匂いを振り撒いている女、ソニア。
「おう。やっぱりな。これでパーツはそろった。走りながらやれ、アデラ」
二階にある寝室で休んでいたソニア。その窓の下に映るのは此処、洞穴のある森だった。
窓を開け、涼んでいたソニアの嗅覚を刺激したのは数日とは言えもはや嗅ぎ慣れたと言ってもいいほどの覚えさせられたご主人様の匂い。
明確には解らなかったが今がその時ではないかと思い、風魔法で着地の衝撃を緩和して二階から飛び降り、森の中、匂いを頼りにレオンを探し回っていたのだ。
その事も相まってレオン達が追われる事態が早まったのかもしれないが。
「いや、あぁ…そうだねぇ…。その異様な引かれあいは歴代の勇者でも初めてさね…確かに体臭がキツイ男だとは思っていたけれど……」
少女時代にレオンにあっていたならば自分もそんな匂いを嗅がれていたのだろうかと、思いつつ。急いで準備に取り掛かる。
「レオン。剣を抜いて力を籠めるんだ、適当でいい女神の加護に反応するはずさ」
急いで剣を抜くレオン。よくわからないままに思いっきり柄を握りしめる、その醜い顔が真赤に膨れ上がるほどに。それは込められた期待に比例して。
「……?」
ソニアはいまだに何がなにやらよく解っていない。二人の計画の一切を聞かされていないためだ。
「よし……勇者の、女神の力があたしの魔法を押し上げる…いくよ、解呪……リ・オリジンッ!」
三人はひた走る。この状況のために訓練してきた老婆アデラ、元傭兵のレオン、そのレオンに必死に食らいつく執念によるソニアの三人の脚力、しかしそれでも現役の護衛兵、流石に魔法を駆使して速度を上げ、追いついてきている。
先ほどから様々な系統の魔法、氷や雷、光線など三人の走行を妨害。さらには殺しても構わない勢いで高位魔法を使ってくる護衛騎士も出てきている。
だがソニアが機転を利かせ、と言っても必然的にこの中では最後尾になるのだが、一番最後を走ることで自国の姫に攻撃を当てるわけには行かない衛兵たちの攻撃が鈍る。
さらには賞賛すべくはアデラの執念。それだけの悪劣な環境下で解呪魔法を無事にソニアに仕掛け終えたこと。
「で、できたよぉ……これで全てが終了だ!計画は完成だよレオン!!」
まるで子供。もろ手を挙げて喜びスキップするように走り始めている。
だがそれよりも奇怪な光景が、護衛兵達の前に広がっていた。
「ソニア姫!?」
アデラの呪文の完了と共に、ソニアが空中へ浮きだした。
その姿を見止めた護衛兵たちから驚きの声が上がる。
もはや誰も足を動かしていない。ソニアが浮いたからというだけではない。
ただの末端の姫、何のとりえもない血を引くだけの娘が圧倒的な緊張感を放っていたから。
国を守るという目的の元鍛錬を積んでいる卓越した戦士さえもその動きを止めるほどの無視できない迫力の圧が漏れ出ている。
「これは、いったい……」
レオン含む周囲の人間はアデラを除いて全員戸惑っていた。
ソニアの眼の焦点が合わなくなっている。首はだらんと垂れ、まるで指でつままれているかのように力ないままに浮き上がっている。
その場にいる誰もがそんなソニアから目を離せない。
「ロード中。全術式、まで……簡略」
ぼそぼそと小声でつぶやくソニア、その声を聞き逃すまいとアデラが必死に身体を近づけて声を拾おうとしている。
何が起こったのか解らない兵士たち。ソニア姫と名を呼ぶことしかできない。
「時間、不足。暫定起動します……」
その言葉と同時にソニアの眼に生気が戻る。今までのソニアのように、とろんとした眼でレオンを見つめている。
その眼には今までの様な不安や焦燥は一切ない。あるのはまるで天使のような見る者に安らぎを与える微笑み。
「やった!やったんじゃないかい!?これでいいんじゃないかい!?」
その隣で興奮しているのはアデラ。ソニアに込めた人生一つ分の期待、それの成就が今なされたのではないかと、眼を見開いて手がこわばり興奮で熱された身体から出た汗がローブにまで染み出ている。
「ソニア。どうだ?お前は使えんのか?」
力が、魔法が、ではない。俺の役に立てるのかと。そんなソニアの微笑みを前にしてレオンは問いかける。お前を傍に置く価値はあるのかと。
その言葉ににこりと、初めて見せる歪んだ笑み。
「勿論でございますぅ。これで……私はレオン様と共に、どこまでも!」
その笑みに含まれた感情は、果て無き歓喜であった。
部分別小説情報
暴力ゴリラが異世界転生して無双する。 @onionmaidenab
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