第10話≪礼儀?知らぬわ≫

 草原での出会いから一つ、二つと街を過ぎ、三つ目の街も順調に越したザバーニャら一行はとうとうエルフ国へ到着した。

 レオンの表情はこの世界に降り立ったばかりの時のように固い物となっている。

 そんなレオンをあえて視界に入れず、心配する素振りも見せないように鉄の意思を貫いているソニアの表情も当然の如く硬い。

 武の達人は気配が解る。レオンもソニアも武人ではないため、ただの想像だがなんとなく見抜かれてしまいそうな達人の気配をザバーニャから感じるため、二人は普通の男女のように振る舞っている。

 だがその実態は最低暴力勇者と子宮をがっちり握りられている自称嫁の性奴隷、元エルフ国の姫である。


「さぁ、歓迎しよう。ここが我らのエルフの国だ、勇者殿よ」

 なにかしら訝しんでいてもそこまでの想像力がザバーニャにあろうはずもない。正道たる武人は外道なる鬼畜に気づかない。


 ともかく、一行が辿り着いたのはザバーニャとソニアの母国であるエルフ国、そこは巨大な森の中にある、森の国だった。

 とはいえ、確かに普通の人間の街並みより森が生い茂っている感じはあるが、基本は人間の街となんら変わるところはない。

 国の周りを完全に森に囲まれ、その国内、市街地にまで多数木々が侵食してきているがただそれだけの事。

 行きかう人々は全員がエルフの特徴である、やや上を向いて尖った長い耳を持っていて民族衣装などは無く、それぞれ職業に応じた服装をしているが、その耳のせいだろうか、頭に鎧を付けたエルフは見当たらない。


「エルフしか住んでねーんだなぁ」


「観光客や冒険者など一部他の種族が来ている場合もあるが、住んでいるのはエルフだけだ」


「そうか……俺は観光はいらねーから。早く国王のところへ案内しろ」

 一応、本来の粗暴さを隠し気味にしているレオンだが、完全に隠蔽する気はない。何故なら雌に媚びるなど有り得ないと考えているから。前世ではたった一度、隙を見せ謝罪したエルフの雌に殺されている。その経験もあり転生してからは前世以上にレオンの持つ本来の野性味が溢れ出ている。



「……そうか。ならばそのようにしよう。エルフ国内でしか機能しないが転移の魔法陣がある。そこへ向かおうか」

 ザバーニャはそんなレオンの無礼な物言いにも文句は言わない。突っ込むこともせず、不満げな様子もない。ただレオンの様子をじっと観察するように、一言一言かみしめているだけ。


 「ん?ありゃなんだ?」


ザバーニャが指さした転移陣があるのだろう方向を見ようと首を動かすと視界に何かが映る。 

それは黒煙。遠くの方で大きく太い黒煙が数か所からあがっている。


「あれは……暫く前に他種族からの侵略にあってな。勿論撃退したが今も傷痕は残っていて、街を復興中なんだ」


「襲撃ねぇ……」

そんな中、護衛団の副団長が出張ってくるほどにソニア姫は大事にされているのだぞ。とソニアに語り掛けているザバーニャを他所にレオンは顎に手を当て思考を巡らせている。


「さぁ、魔法陣へ向かおう」


 レオンは大人しくザバーニャについて歩き出す。

 しばらく歩くと壁に紋章が描かれた大き目の建物に到着する。城風味の外観だが木で作られている様だ。

 入り口の脇には、壁と同じ紋様が縫われている旗のついた槍が立っており、恐らく王家の紋だろうとレオンは考える。


「王家公認の転移陣が設置されている場所だ。本来なら有事でしか使う事がないが……今回は勇者殿もいる。特別に使用していいと事前に国王から許可をもらっている」


 ザバーニャが先に入ると、中には護衛騎士と思われる武装したエルフと魔法使い然としたローブと杖を持った老人のエルフが居た。中は教会の様なつくりになっているが椅子が一つもない。転移するためだけの施設らしい。


「話は聞いています。貴方が今代の勇者様ですかな?」


「ああ。レオンハルトだ。魔王が出たとは言うが今のところ魔王の影響はどこにもみえねーが……」


「ここいらは魔王の勢力からは離れていますからな。旅を進めればだんだんと悲惨な状況を目の当たりにするでしょう。しかし心くじけぬように。我らも応援していますのでな」


 ぺこりと頭を下げて一礼すると、木製でできた外見とは裏腹に石でできている床や壁に描かれている魔法陣が光りだす。


「いつでも送れますぞ」


 ザバーニャが先頭に進み出てその後を二人が、そうして全員が魔法陣の上に乗る。

「それではよろしく頼む」


「いってらっしゃいませ」


 その老エルフの言葉を最後に視界が暗転し、一瞬の間に目の前に同じような景色が広がる。違うのは目の前に誰も居ない事だ。


「さぁついた。行くぞ勇者殿、ソニア姫」


 ザバーニャ、ソニア、レオンの順で転移前と同じような作りの建物を出る。


「まさしく王宮って感じの中身だなぁおい」


 レオンが周囲を見渡して感想を漏らす。そこはやはり、森の中で緑が溢れていたが目の前には立派な王の宮殿が立っていて、周囲は先ほど見た町中よりもかなり人通りが激しく賑わっている場所。


「勇者殿もそのうち見慣れることになるさ。各国に同じようなつくりの王宮があるからな」


 こっちだ。とザバーニャが先頭に立って案内をし、城門を身体検査なしでスルーする。城内へ入り、赤絨毯の上をもふもふと歩いていく三人。

 ソニアは物珍しそうに周囲を眺めている。そしてそんなソニアを見つめるレオン。


「森好きのエルフも王宮までは木製じゃねーんだな」


「ああ。王宮が焼き落とされてしまっては困るからな。王を守る城塞ともなるよう魔法の埋め込んだ石、魔法石を使って組み上げられている」


「普通の石かと思ったがもっと高価なものなのか」


 雑談を挟みながら暫く進むと装飾がひと際豪華な大き目の扉の前に付く。


「ここが謁見の間だ。王がお待ちかねだ。勇者殿は常識どおりでいいのでできるだけ失礼のないようにお願いする。ソニア姫はできるだけ王に元気な姿を見せてあげてほしい」


「了解しましたぁ」


 その返事が合図のように即座に扉が開かれる。

 開錠の音以外無音で緩やかに左右へ開かれていく重厚な扉。


「よくぞ参られた。勇者殿。そしてよくぞ帰った、ソニアよ」


 そこに居たのは初老のエルフ。多少しわがあるが凛々しく、厳しい面持ちの人物。

 階段を数段昇った上に作られている大きな玉座に腰かけ、その左右には神官が立っている。さらにその横には護衛の兵達が槍を持って控えている。

 窓以外は一面白だが濃い白であったり、薄い白であったりと、多少の差がある。

 王の玉座への赤い絨毯の一本道をレオンはずかずかと、いかにも荒くれもの然として進んでいく。

 ザバーニャはそこで初めて二人の傍を離れ、護衛兵の列へと並んでいた。


「エルフの国王か……さっそくだが魔剣とやらはどこにある?」


 勇者とは言え、まだ何も成していないレオンの、これでもかというほどに自分勝手な言葉。王への返事も挨拶も無い。

 その言葉に、平静を保っているのはソニアだけ、他の神官たちはどよめき立ち、逆に青ざめてしまっている者もいる。


「ぶ、無礼な……勇者殿は教養があまりないのですかな?種族は違えと一国の王である国王様に対して敬語も使えないというのは……」


「場所を知らねーのか?」


 流石にここまでの非礼を浴びせられたことは無いのか固まったままの国王を見て、再び問いかけるレオン。

 (はぁ…男らしいです。私は共に行き、共に生きますよぉレオン様)

 ソニアはにこにこと最早隠すことも無く顔を上に向けて笑っている。一国の王を恐れもせず畏怖もせず、そこらの凡夫と同じ扱いをするレオンに惚れ惚れしている。

 神官の横に並んだ護衛の者たちはこの場で声を上げることはできないが、自分の守るべき王を馬鹿にされているのだ。その力の限りをもって視線で射殺そうとするかのように全員がレオンを睨み付けている。


「ふっ……仕方あるまい。勇者殿は魔王を倒すという大きな使命があられる。まだ旅を始めたばかりとのことだ。急いているのも当然のことかもしれぬな。誰か一人今から勇者殿を案内してあげなさい。おもてなしは勇者殿が落ち着かれてからで構わないだろう」


 だが、こういう時こそ度量の大きさを示すいいチャンス。こういうこまごまとしたところで王は国民の支持を上げていく。

 それにしてもここまで温厚なのは国王の性格と、なによりソニアが無事に手元に帰ってきたからだろうか。


「仕方ありませんな……。勇者殿、特別な寛大なる国王の処置でありますぞ。ありがたく頂戴なさるとよろしい」


 神官はできるだけ上から、レオンより国王の方が上なのだぞ、言外に言い含めながらレオンの前に進み出ると、ついてくるよう指示を出し、深々と国王へ礼をしてからレオン達が入ってきた扉を開け、退出した。

 その扉が閉じきってからも、護衛達の視線は途切れることなく扉へ突き刺さり、王の心の広い対応への神官からの賛辞が謁見の間に暫く響いていた。




レオンを連れて神官は王宮から少し離れた洞穴へと向かっている。


「いいですかな?だからこそ先ほど取られた国王様の態度はとても素晴らしい人格者の在り方であり、勇者殿の教養の無さ、常識の無さを全て包み込んでですな?」


 レオンと神官の一人が歩いているのは王宮の外、城門を出てすぐ右に曲がったところの道なき道。地面は草で覆われ木々もまばらに生えていて目印も無く、奥に進むにつれて光が届かない程森が濃くなっていく。

 慣れ親しんだものでなければ迷うことは確実。神官が居なければついぐるぐると同じところを回っていたとしても気づかないだろう天然の迷宮と化している。

 それだけの悪環境であるのにさらに拍車をかけるように、延々と続く王への無礼の重罪さと、それへの王の対応の素晴らしさ、寛大さを教え込まんとしている神官のお小言。


「はーん。あんま興味ねぇな」

 しかしレオンはその一切を意に介さない。むしろ普段なら殴り飛ばしているだろうが、今は道案内という役割が神官の儚い命を守っている。


「勇者殿……!!!何を言っておられるのか!?」


 先ほどから何度も繰り返されるこの調子。

 神官は本気でぶち切れているのだがレオンにとってはどうでもよすぎる、どこ吹く風なのだ。


「ん?この洞穴……土蜘蛛とかいうやつのじゃねーの?」


 そうこうしているうちに到着したのは、その周囲だけ緑が無くなっている盛り上がった洞穴。縦横何十メートルもあるような深く暗い、大きな横穴だ。

 周囲は今までと変わりなく鬱蒼と茂る森。後ろ振り返れば周囲と同じような森が続くだけ。


「さよう。そこは知っておられるのですな?この洞穴は勇者が進むとなんらかの魔法が起動します。これは解明できていない謎なのですが先祖代々そう言い伝えられておりまする。そして土蜘蛛の住まう洞穴へと繋がり、その土蜘蛛が守っているのが魔剣であると、エルフ国に伝わっている伝承にはありますな。ですがこの土蜘蛛と魔剣の関連性については諸説ありまして特に守っているわけではなく別個のものだとする説もあり――」


 神官は若くない、必然なのか話が長くなる。


「ほう。土蜘蛛の強さはどの程度なんだ?」


「土蜘蛛は普通には存在しないモンスターです。ここ以外で土蜘蛛の話がある場所は在りませんし、通常のモンスターとしても発見されたことは在りません。つまり未知数。一瞬で勇者殿がやられるかもしれませんし、やれてしまうかもしれませんな」


 本来なら世界を救う勇者だ。もっと心配したり装備を分け与えたりするものなのだがレオンには何一つ用意されていない。国王も内心は怒っていたのだろうか、特に言及もしていなかった。

 この神官は見てのとおりゆでだこのように王への無礼を働いたレオンに怒りを向けているのでやられようが構う事なしといった態度。


「は?なにその役にたたねーかんじ。俺は勇者だぞ?死んだら魔王倒せねーだろ?」


「はい!?勇者殿、国王様に対してだけ礼儀を尽くせと言ったのではありませんぞ?私に対しても、誰に対しても礼節というのは尽くすべきものであり、それが大人として当然のことであってですな。役に立たないなどと言うことは無かったでしょうに!それに勇者殿が魔王を討伐されなくても、世界は広い。多くの猛者がおりますれば勇者の力ひとつで何が変わるのかという疑念もありましてな?

 確かに協力するのが、ならわしかもしれませんが無礼な態度の勇者を目の当たりにしては、勇者でなくても強ければ魔王は倒せる。という説を支持するほかないですな」


 ここへきて初めて聞く新事実にレオンは初めて驚きを見せる。


「は?勇者の力じゃないと倒せないってのはただの一説なわけ?」


 その言葉に逆に首を傾げる。何を当たり前のことを言っているんだと。


「はて。勇者殿はご存じないか。確かに勇者で無ければ使えない武具が各地に存在し、過去の勇者が実際に残していったものがあるのも事実。しかし勇者で無ければ倒せないというのは諸説ありましてな。そこの部分については論議がなされておりまする。故に、多くの冒険者や国、種族がその牙を研ぎ、魔王打倒を狙っておりますぞ?あまりうかうかしておられると他の者が倒してしまうやも。まぁそれでも魔王に有効なのは勇者の扱う武器である、との確たる文献がございます。だから多少の協力はせねばならないといったところですな」


「はーー。うぜーなおまえ。敬語使ってなかったらワンパン決めてたぞおい」



「わ、ワンパン?うっ、うざいですとぉ!?」


 レオンにとっては特に興味の無かった魔王討伐だが、他の者でも可能という言葉に更に興味が失せた。自分以外の者でもできるなら別に自分が苦労する事ねーじゃん、と。

 だが特別性が失われたことに関する悲嘆のようなものではなく、面倒なことを押し付けられると感じた喜びに近い感情を抱く。

 それはそれとして神官の語り口がうざいので息を吐くように暴言を吐いておく。

 レオンにとっては挨拶のような者でも相手は神官。聖なる職業。まったく粗暴な文化に無縁な神官にとっては怒り心頭するに事足りた。

 神官の顔が真赤に染まり切ったころ、そこへ第三者の足音が鳴る。


「おう、ようやく来たか。おせーぞ?」 

 その足音ににやりと歩み寄ってきた人物も見ずに声をかけるレオン。全ては予定通りなのだ。


「これでも急いださね。休みなしなんだからねぇ、成功した暁には報酬は弾んでおくれよ?」


 現れたのは全身をローブで包んだ怪人物アデライーダ。

 腰を曲げた格好のアデライーダだがその足取りはしっかりとしている。


「この老人は誰ですかな?勇者殿?」


 見知らぬ人物の急な登場で神官の顔にも冷静さが戻る。が訝し気にじろじろと見つめている。それはそうだ、。ローブで隠れてはいるが耳がとがっている様子のみられないアデラはつまりエルフではない。ならばエルフ領のこれだけ深い森の中、なぜ正確にここに来ることができたのかと。一体エルフ国にとってこの人物はどのようなものなのかと、怪しむのは当然の事。


「私はただの占い師さ。多少火の魔法を使えるから、もしかしたら必要になるかもと勇者様にお呼ばれしていてねぇ」


「勇者殿の仲間ですかな?それならば構いませんが……」

 エルフの秘宝だが、使えるのは勇者だけだ。ならば特に国の利益にならないこの洞穴に誰が入ろうが特に関係はないのだが。一応エルフの国内。怪しい人物の出現はあまりいい気分ではない。


「それじゃ俺らは俺らで、この洞穴んなか入るけど、あんたはどーすんの?」


 やっぱり無礼な物言いに目を細める神官。悩むことも無く、私は結構。と短く突き放す様に告げると踵を返して来た道を行ってしまう。


 その背中が見えなくなるまで見送ってからも、声を潜めて話しだす。

「そんじゃ、アデラ。マジなんだろうな?てめー、嘘だったらガチで殺すぞ?」


「ひひ……命なんざ、これが失敗したのなら無いも同じさ。あんたが手にした力をあたしは報酬として振るってもらいたいんだ。あんたの失望はあたしの失望も同じさ」


 そうして二人は洞穴へと入ってゆく。

 アデライーダは用意していたランプを片手に洞窟を照らして。

 レオンはその後ろを悠然とついていく。

 二人の足取りはおもちゃを前にした子供のように、無意識に速くなっていった。

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