第9話≪レオンの計画≫
――馬車の中。
エルフ国がソニア姫を連れ戻すために遣わした使者、ザバーニャと偶然出会ったレオンとソニアは彼女らと共に馬車に揺られてエルフ国へと向かっていた。
馬車の中に居るのはソニア姫とレオンが隣会って座り、対面にザバーニャ。他の騎士たちは馬車と共に馬で並走していたり御者台に座って馬を走らせている。
「エルフ国に付くまでにどのくらいの時間かかんだ?」
「エルフ国まではそこそこ遠いな。人間の街を三つほど経由していくことになる。行きは我らの馬だけで飛ばしてきたのでな。一番近くの町で馬車を購入してきたのだ」
「そうかぁ…ソニア姫は少し疲れてる状態でなぁ。その街に付いたら一晩休憩を入れてやってくれねぇか?」
「そうだな……。そうしよう。ソニア姫もそれでいいか?」
「ええ、勿論ですよぉ。レオン様はいつもこうやって私の身を案じてくれているんですからぁ」
にこにこと明るく振舞うソニア__
(レオン様の意図はわかりませんけれど、ザバーニャの心証を悪くしては動きづらくなるはずですねぇ…。これで合ってますでしょうか。ザバーニャが近すぎてアイコンタクトも送れないですぅ)
__しかし仮面の下では少し困っている。自分がどう動くことをレオンが期待しているのかと必死に考えを巡らせているのだ。
ザバーニャは剣の使い手。剣豪とも言える腕を持っている。そんなザバーニャの前でレオンがソニア姫に対して不敬を働こうものならどうなるか分からない。
勇者という肩書きは確かに素晴らしいが、実績や経験が有るのは、今現在立場が有るのは、ザバーニャの方である。
「街に付いたらまずは服を買わなければ行けないな。ソニア姫をその格好のまま国王にお見せしては卒倒してしまうかもしれない」
「ザバーニャ。レオン様にも既に事情は話してあるんですよぉ。私が大事にされていないことはご存知なのですぅ」
「そんなことは無いさ。大臣達やソニア姫を育ててこられた乳母たちは毎日気にかけている。国王は国の事を考えなければならないから……多少、厳しい面があるのかもしれないがな」
こんな会話を王宮に居る時からザバーニャとソニアは何回も繰り返していた。
「隊長!そろそろ街が見えました」
並走していた馬車の兵から声がかかる。既にかなりの長時間馬車に乗っているため到着してもおかしくはない時間だ。
「そうか。ならばその街の宿を先に行って取ってきてくれ。兵は馬車を守るために野宿だ。私含めてな。ソニア姫とレオン様の二部屋だけをお取りしろ」
「了解しました」
短い返事と共に馬が先を走り去っていく音がする。
「そろそろ休めそうだな。レオン殿もソニア姫もゆっくり疲れを取るといい。国に戻るまでの安全は私が保証するが健康的なことは専門外だ。一応治癒兵もいるから深刻に考えることは無いがな」
凛々しく冷徹な表情をしているザバーニャは笑っても綺麗でクールな印象だ。知的で大人。とても美しい。
(はーー…勃起我慢するのくっそ大変だぞおい……)
馬車内でレオンだけは半端じゃない努力を行っていた。ヤったことのない好みの女を前にすると性欲が増すし、射精間隔が短くなる。
そんな欲望を顔にも態度にも出さずに、言葉遣いも微妙に正してレオンは大人しくソニアの隣に座っている。
そうしてやがて馬車が止まる。
「到着いたしました」
言葉と共に馬車のドアが外側から開かれる。
「ふむ。人間の街はどれも変わんねぇなぁー」
外に出るや背伸びをして縮こまった関節を伸ばす。その間にもレオンは必死に勃起を収めたままだ。
「レオン殿はあまりここらの街には詳しくないのだな。人間の街は国が同じ限りはどれも同じような街並みさ」
ザバーニャはソニアの手を取って馬車から降ろしている。
「もう時間も遅い。今日は宿まで直行するとしようか?」
「おう」
レオンの短い返事にソニアの頷きを見てザバーニャは二人を引き連れて歩き出す。
ザバーニャの前には先に行って宿屋を取っていたと思われる兵が先導していて、迷うことなく宿屋まで一行はたどり着く。
「宿屋にはまだいい思いがねーが……今回は何もないといいがなぁ」
「そうなのか?勇者の旅路は多難だろう。その話も後で聞かせてもらえるとありがたいな……。ではソニア姫、衣服はこちらで適当に見繕ってきます。なので今日は先にお休みください。今は仮の服。王宮へ戻ったらドレスなどご用意できますのでそれまで暫しの我慢を…」
「ザバーニャ。そういえば先程見たところ兵達はみんな男性の方みたいですねぇ?」
その言葉に好機とばかりにソニアが食い気味に言葉を重ねる。
「そうですが…?」
「では少しの間とは言え私が着用することになるのですから、同じ女であるザバーニャに選んでもらいたいのですけれど、いいですかぁ?」
「私に服のセンスはないが……それでもいいのならば、選んできましょう」
ザバーニャは快く受け入れた。自分の服さえ、いつも戦闘服のため選んだことも無くそれでも大丈夫だろうかと不安に思う事もないではないが、姫の頼みならばとやってみることにしたのだ。
最悪店員の勧めるものでいいだろうと、考えを巡らせて…。
「それでは行ってくる。ソニア姫が眠る前までには戻れるだろう」
「はい。行ってらっしゃいませぇ」
ソニアは服などどうでもよかったのだが、作戦がうまくいったことへのほほ笑みを伴って見送った。
しっかりザバーニャが出かけたことを見届けるとレオンが我先にと二人を置いて急いで入っていった宿屋へ、そして部屋へと駆けあがる。
他の兵達は全員で馬車の守りや宿屋の周囲の警戒、警備に務めている。
「レオン様、ソニアです」
名前を呼びながらコンコンとノックをする。いくら気がはやっていてもレオンに対して礼を欠かすわけには行かない。
「おう、入れ」
力強い野太い声が返ってくる。その声だけで緩んでしまう頬を片手で押さえながら木の扉を引いて入っていく。
しっかりと施錠をして、ベッドに座っていたレオンの隣へと腰かける。
「レオン様。ザバーニャには私の洋服を買いに行かせましたぁ。今は近くにはいないはずです」
ソニアの狙いはそこだった。
ザバーニャが近くに居ては何も迂闊な事が出来ないのだ。国家直属の部隊のまとめ役を腹芸のできないレオンとただのお姫様では騙し切れるはずがない。そのため二人きりになれるチャンスをなんとか作れないかと思案していたところ、洋服の話が出たときに思いついたのである。
「よくやった。この件が片付いたら可愛がってやるからな…」
「は、はいぃ…!」
喜悦の声を出しながら自分の身体が、子宮が喜んで疼いているのを自覚する。
「これからエルフの国に入るんなら、あんまり話す機会もなくなるだろうからなぁ。あのクソエルフがついて回るかもしれねぇし。……お前がちんぽ奴隷だなんて言ったらすぐ切られるかもしれねぇし。隠さなきゃならん。そんでだ。まずは女神からもらった力を頼りに俺らのスキルアップを図る」
「スキルアップ……なにか劇的に進化ができるような能力というものをお持ちなんですかぁ?」
「勇者が使える秘宝やら剣やらとかいうのをゲットする。今のままだと流石にエルフ国にお前を取られた時に対抗できねーからなぁ」
「はう……必要とされてます私ぃ…」
うっとりと染めた片頬に手を当てて身をくねらせるソニア。
「俺一人だと不都合だからな。当然だろぉが……んで、エルフ国の秘宝の場所はどこだ?もしくは剣でも防具でも何でもいい、聞いた事ねーの?」
「私は末端の姫ですから…特に何も重要なことは聞かされずに、あまり外にも出されないままに過ごしていたんですぅ」
「……ほう。まぁいい。勇者の俺なら無条件で教えるだろ、多分な…」
レオンは思案に暮れる。いろいろと思うところがあるからだ。
国から離れたところへ追いやられた姫。すぐに駆けつけてきた王国の護衛隊副隊長。何も知らされない末端の姫。
このときばかりは勇者の運命を祈りながらそれだけ話すとソニアへ帰れ、と無造作に手を振りソニアを部屋から戻して寝具へ寝転がる。を今日は一人眠りにつくのであった。
翌日の朝。
「ふわーぁ……ねみぃ」
馬車に乗るや数分でレオンが眠気か退屈のためか、欠伸を漏らす。
「勇者殿は昨晩は早めに休まれたと思っていたが、寝付けなかったのか?」
昨日と同じく馬車に揺られてエルフ国を目指す。といっても高級な買い付け馬車故に殆ど揺れることは無く尻が痛くなることも無い。快適な旅だ。
ソニアは新しい服、ザバーニャが見繕ってきた新しい服を身に着けているがレオンとの関係が露見しないためにも見せびらかすことができず少し不満そうな顔をしている。
「まぁな……これからの旅のためにも一刻も早く強くなるための方法が知りたくてよぉ」
「ふむ……エルフ国が提供できるのは、先代の勇者も助けたという秘宝の力くらいのものだ。他には各国に伝わる伝承などだろうか…。だが焦らずとも勇者の武具は多く有ると聞いたことがある。旅路の過程で手に入るだろう」
「その伝承ってのを聞かせろ。あとその秘宝ってのは何なんだ?」
(……勇者殿は、なぜ命令口調なのだろうか……ソニアも昔とはやはり様子が違う。何かあるのか……?)
「ああ……まず秘宝というのは魔剣の事でな、なんでもその魔剣を手にしたものは仲間の力を増幅できるらしい」
眼の色が変わりそうなのを必死に抑えた。
レオンは内心ほくそ笑む。もし想像通りだとしたら、もしうまくいくとしたら、とても面白いことになるかもしれないと。
「それは素晴らしいな。仲間の力が増えるのはとても頼もしい」
思っても居ない事をレオンが口にするのはめったにない。
「勇者殿にはまだ仲間は居られないようだな?確かシスターが一人世界を回って勇者の誕生を待っているという話を聞いたことがあるが」
(ああ…あいつそんな有名になってんのか。勇者支えるのが務めとか言ってたし、よっぽどガチなんだなぁ…)
「スターシャだろ?あいつは卑怯な冒険者の罠に堕ちて離れ離れにされちまってなぁ…」
宿屋でグレイスに魔法を打たれ、全身が痛んだ事を忘れない。その程度で済んだのは自分が女神の補正を受けていたからというだけなのだし、本来なら死んでもおかしくはなかった。恨みは忘れていない。
「それで、他の国の伝承とかいうのは?」
「うむ。前の勇者がいろいろ各地を回っていた時の足跡などがある程度噂として出回っていたりするのだが、それにまつわる些細な話しや、他の国の秘宝の事だな。もう前回の魔王が出現、討伐されてから何百年もたっているから風化しているものもあるが……」
「あん?スターシャってシスターは自分の親の代も勇者を助けたとか言ってたが?」
「ああ。勇者を助けるシスターには教会からのバックアップがあってだな。教会は限定的だが寿命を引きのばす力があった。だから人間でもスターシャ殿の親の代が勇者の支援をしていたとしてもなんら不思議はない」
「なるほどねぇ……」
「不死の様な便利なものではないから、魔王討伐に直接なにか力になるわけではないが。そのシスター殿の家系があるからこそ、各国で話が風化しようとも、勇者を信じて支援を約束している国も多く、勇者の存在を知っている冒険者も多いのだ。……ところでギルド登録は既にされているのかな?受付にも驚かれはしただろうが、本当にいたのか、みたいな反応ではなかっただろう?そういう面でも助けになっているのさ」
「詳しいなぁ…?」
「自慢ではないがエルフ国護衛騎士の副隊長を任せられる身だ。そういう話もよく出てくるのさ」
「ソニアも勇者の仲間になって冒険したりして見るかぁ?」
「……勇者様の旅はとても楽しそうですねぇ、ふふ」
迂闊なことは言えない。もしソニアを完全に国にかくまうのが目的だとしたらここで勇者よりの事を言えば確実にこれからの行動に支障が出るはずだから。
「ソニア姫には過酷だろう。それに魔法もほんの少ししか使えない姫なんだ。勇者の旅は国王もあまりいい顔はしないと思うぞ…」
(だろうなぁ……そうじゃないと困んだよ)
レオンは再び内心ほくそ笑む。疑いは確信に変わりつつあるが、結果の良し悪しはどうなるか。
「それで…他の国の話だが、巨人国や小人国、人間国、エルフ国、リザードマンの都市、マーメイド等々多くの国があってそれぞれに勇者の成したことが語り継がれているはずだ。私は全てを網羅しているわけではないが…。とりあえず自分で行ってみるのが一番だろう」
「なるほどねぇ…スターシャなら何か知ってたのかもなぁ…」
「よかったらエルフ国の方で探そうか?」
「ああ、じゃあ取りあえず頼むわ」
話す中でザバーニャの目つきが次第に鋭くなっていく。その事に、もはや何も問題はないと余裕の笑みを内心浮かべるレオンと、自分はどうしたらいいのかとずっと心中穏やかではいられないソニアを乗せた馬車は次の街の宿に到着した。
「……レオン様。エルフ国についてからの計画は何かあるんですかぁ?」
レオンの部屋へソニアが訪れている。外を警戒中のザバーニャの眼を盗んできているため、そわそわと落ち着きがない。
「ぶっちゃけお前の今までの人生に掛かってる。だから本当のお前も大して役に立たない存在だったらエルフ国で暮らしてろ。だが俺の役に立つようだったら俺の元へ駆けつけろ。それまでは普通にエルフ国で暮らしてていい」
本心か否か。レオンの言葉はいつも通りに突き放した自己中心的なものだ。
「それはいったいどのような……。今までの私?」
だがソニアは揺らがない。レオン一筋、自分の心身などとうに捧げていると。今はレオンの話を聞くことに集中している。
「はっ…とにかくそういうこった。今は気にしてもしゃーねぇ。戻って寝てろ」
「はい……」
思案に暮れる様子のソニアを帰してレオンは一人、最初の宿での事を思い出す。
(あの日、ソニアと別れた後。変な黒装束の男が俺の寝どこまで入ってきやがった。そのせいで寝不足だったわけだが…。アデライーダが雇ったやつみたいだ。その金は請求してきやがったがその内容に見合う。それ以上の物だった……。これからの旅、俺が楽できんのかどうかはソニアにかかってる。早いとこ済ませたいぜ…)
レオンは今日も勇者の運命を信じて眠る。
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