ついに憎き蚊どもが部屋に現れた。煩わしいというほかない。寝苦しい夜も窓を開けずに我慢しているというのに奴らはお構いなしに私の聖域に侵入し、我が物顔で家中を飛び回る。寝ているときに耳元でぷうんと鳴かれた日など発狂してしまいそうになる。

 なので私は奴らを見つけ次第殺すことにしている。殺すまでは安心して眠れないのだ。彼らを視覚、或いは聴覚で察知した途端にスイッチが入り、私は蚊を殺すだけの機械へと変貌を遂げる。感覚が研ぎ澄まされ身体能力が跳ね上がるのだ。大抵の場合、己の肉体のみで殺害出来るのだが、どうしてもという場合に備えて武器を二つほど用意している。

 一つは消臭剤である。これは天井に張り付いてしまい、椅子に上らないと手が届かない場合に用いる。別に椅子に昇って手で潰してもいいのだが、失敗した場合に見失う確率が高くなってしまう。そういうリスクを回避するために使うのだが、首尾よく殺せたとしても消臭剤が私に降り注ぐという無視できないデメリットがある。

 二つ目の武器は団扇である。これは殺害でなく索敵に用いる。跳ね上がった視力で注視していたとしても、所詮は取るに足らない虫けらなので見失ってしまうこともある。そういう時に部屋の隅々まで団扇で仰いで炙り出すのだ。じっとしていればいいものを、風に煽られて飛び立ってしまい私に居場所を知られてしまう。馬鹿な奴らだ。

 私と蚊の戦いは引っ越すまで続くであろう。

 

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