食通批判

 北大路魯山人の随筆を幾つか拝見したが、目を覆うばかりであった。そもそも、この食通というのがいただけない。この世に気に食わないものは数あれど、この食通という存在は私の中でかなり上位に位置するであろう。何も生み出さぬ無価値な存在であることは言うまでもないが、食道楽を極めるということだけなら結構である。どうぞ勝手にすれば良い。我々、味の分からぬ俗人を鼻で笑っても良い。しかし、俗人の食事を言うに事欠いて犬や豚の食べるもの(比喩ではない。実際にそう書いている)と言い、あまつさえ、それを書に残すとは言語道断。無価値どころか害悪である。


 本来、食事とは個人的なものである。家族、或いは気の合う友人と談笑しながら食事の席を共にすることがあるが、私は基本、食事は一人で取りたいと日頃から思っている。生理的な欲求に従ってのことであるから、おおっぴらにするものでもないとさえ思っている。にも拘わらずこの食通という人種はお節介にも、あなたの食べているものは本物ではない、私はこういうものをこんなにも美味しく頂けると講釈を垂れるのである。その様な行為は「痩せている女性はいけません。必ず、ふくよかな女性でないと」「私は尻の穴を舐められるとひどく興奮するのです」などと書くこととなんら相違ない。ひどく滑稽である。


 だらだらと書いてしまったが、実は私も自らを食通なのではないかと疑っている。他人の批判をしていた腹積もりが気が付けば自己批判となれば、これはもう自己嫌悪というか、自家撞着というか、これもまた滑稽。何故、己を食通と疑っているかと言うと、すっかり寒くなってきた今日この頃、私も茶漬けばかり食らっているからである。

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