家族ノカタチ

仲井 隼星

家族ノカタチ

 家族──。


 一般に、血縁関係がある人々をまとまりに分けた時に出来る、集団のことを指す。

 その家庭に生まれるという事。それはまったくの奇跡に他ならない──と言われている。


  ◇  ◇  ◇


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 愛くるしい笑顔で、七歳年下の弟が寄ってくる。

 今年度、高校受験を控えている私は、本当は勉強しなければいけないのだけれど、勉強ばかりするのも疲れるばかり。だから私は時折、こうやって弟の話を聞くことがあるのだ。


「どうしたの」


 優しい笑顔(自称)で答える。

「今日ね、学校でね、すごい怖い話をね、聞いたんだ」

 小学校低学年にありがちな、語尾を「……ね」とする話し方。昔はあまり好きではなかったが、それすらも可愛く見える。


「そうなんだ。ちょっと話してみて」

 たかが小学生の可愛い怪談話なんだろうな。

 うん! とにこやかな笑顔で、弟の話は始まった。



  ◇  ◇  ◇



 今日の授業の終了を、チャイムが告げる。


「なあお前ら、知ってるか?」

 帰宅準備をしていた俺を誰かが呼び止める。それは、いつも一緒にいる、仲の良い男友達だった。彼に呼ばれて、俺と、一人の女友達が彼のもとに集った。


「何をだよ」

 俺が訊くと彼は、顔をニヤつかせながら言った。


「この前知り合いから聞いた話なんだけど。家族ってさ、前世で殺しあった人間同士の集まりなんだってよ」

 誇らしげに言う彼。

「それで……?」

 彼は何が言いたいのだろう? 俺と彼女は、何も言わない。オチが見えなかった彼の話に、俺の隣にいる女友達が釘を刺した。


「オチは? もしかして……それだけ?」

「……うん」

 ただの報告だったようだ。


「でも怖くないか。家に帰ったら、親が前世の記憶を取り戻していたとしたらさ。包丁とか突きつけられたら、って考えてたら……おお、怖い」

 オカルト好きの彼は、よくその類の話をしてくる。本当に飽きないものだ。正直、くだらないとしか思っていないので、さほど気にしてはいないのだが。








 翌日、学校に来ると、クラスの中がいつもと違った。そわそわしていると言うか、妙に騒がしかった。


「何かあったのか?」

 たまたま近くにいたクラスメイトに理由を尋ねた。だが、彼女は話を逸らすばかりで、肝心なことを教えてくれない。

「私も本当かどうか、知らないんだけどね──」


 すると近くから声がした。


「おい!! 聞いたか!?」


 昨日、怪談話をしてきた例の男友達。彼も少し興奮しているようだ。


「アイツが……親に……殺された、って……」


 言葉が出なかった。彼が言っていたアイツ。それは、三人で一緒に話していた女友達だった。


「嘘だろ……な、なんでだよ」

 彼は口をつぐんだまま、何も言わない。


「……昨日にした話、覚えているか?」

 もちろん覚えている。

「昨日の話? ああ、『殺しあっていたのが家族になる』ってやつか」

 もしかして! 一つの不安が俺の脳裏をよぎる。

 しかし大体、悪い予感というのはよく当たる。

「家に帰ったらアイツのお母さんが、包丁を持って立っていた、って話だ。そしたら……」

 最後まで言い終えずに、彼は顔を手で覆って泣き崩れた。

 俺は背筋を凍らせた。


 実際にその日の朝のホームルームで、担任がそのことを伝え、多くの生徒が涙を流していた。


 その一日、俺は何も頭に入ってこなかった。








 その翌日。

 いつもなら大声で俺のもとに、駆け寄ってくる男の友人が、今朝は珍しく来なかった。いやそもそも登校していないのか、姿さえ見かけていない。


(まさか……)


 あり得ないと自分に言い聞かせる。


 ホームルーム前になり中年の男性担任が、音を立てながら教室の扉を開く。その手つきが、妙に重々しく見えた。


「みんな席に着いたか。ホームルーム始めるぞ」

 そして彼は、おもむろに出席簿を机に置いて、重たそうに口を開いた。

「ええっと。今日も残念なお知らせがある」

 教室内の空気がしんとなった。


「……今度もまた……死なせてしまった」


 その後に先生の口から出た生徒の名前は、欠席だと思っていた、あの男友達その人だった。

「嘘……だろ……。あいつも家族に殺された、っていうのか……」



 前世の記憶の復活。



 彼らが死んだのはそのせいだ。

 何を思おうと、彼らが戻ってくることはない。それは自分でも分かっている。


 クラスのみんなも悲しそうな貌をしている。悲しみの具合は、いつも一緒に過ごしていた俺は、他の奴らと比にならないと自負している。

「それなのに……」



 やっと帰路に着くことができた。

 我慢していなければ、今にも涙が出てきそうだ。その気持ちを必死に抑え込みながら歩き、気が付くと目の前から、自宅の扉が迫ってきていた。


「ただいま」

 俺は家の扉に手を伸ばした。

 家の中からは、物音ひとつ聞こえない。おかしい。弟がいるはずなのに。


 隙間からキラリと光るものが見えた。背中に悪寒が走る。

 扉を完全に開ける。

 そして息をのんだ。


「お前……何しているんだ……」

 俺の目の前には、包丁を持ち、刃先をこちらに向けている弟の姿が映っていた。

 彼の手は震えていた。


「思い出したんだよ。あの記憶をな」


 弟の最後の言葉を聞き終わらないまま、俺は走り出した。体が命の危機を感じているのだ。このままでは殺されてしまう。生存本能が俺を駆り立てた。

 瞬間、今まで見ていた街の風景が、急に変わった。





 気が付くと俺は、鎧兜を身にまとい、槍を片手に地面を縦横無尽に駆け回っていた。


「おりゃあ!」


 俺は目の前にいた相手に向かって、槍を突き刺した。しかし、ものの見事に刀で跳ね返される。

 刀が振り上がったその刹那、見覚えのある顔が垣間見えた。


「お前は……!!」


 その顔は日頃、家でよく見ていた顔だった。






「ぐはっ!!」


 景色が過去から現代に戻される。

 背中から心臓に、突き抜けるような痛みが走ったからだ。下を見ると、本当に包丁が心臓を突き抜けている。

 足がもつれて倒れ、めまいも出てきた。意識までもが朦朧としてきた。これで終わりなのだろうか……


「悪く思うなよ」

 意識が遠のく中、背後からそんな声が聞こえた気がした。



  ◇  ◇  ◇



 話が終わった後も、弟は笑顔を絶やしていなかった。それに比べて私は……。小学生の話と高を括っていた。

 私は今夜から、一人で寝ることも、一人でトイレに行くことも不可能になるだろう。


「お姉ちゃん……?」

 うつむいていた私を心配したのか、弟が声をかけてきた。

「あ、うん……ありがとう……。ごめんね、心配させちゃって、て……え……?」

 そう言いながら顔を上げると、目の前にカッターナイフを持った弟が立っていた。




「ごめんね、お姉ちゃん」




 彼の笑顔は絶えない。私の視界はすぐに漆黒に染まり、意識は二度と戻ることはなかった。

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家族ノカタチ 仲井 隼星 @Nakai_boshi

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