人工少女ガクテンソク

味噌汁粉

1・お姉ちゃんと出会った

「おはようございます、ガク


 目が覚めるか覚めないか、と思ったくらいのタイミング。

 耳に飛び込んできた声に、僕は飛び起きた。


「な、なに? なにして……?」

「何して。行動の意味を問われていると推測します。私は現在、太陽光で充電を行っています」


 ガっちゃんは窓の側に移動していたでっかい椅子の上で、正座していた。

 陽気の差す場所で、ボーっとしているように見える。

 それでも目はまばたきひとつせず、じっと一点を、人間にはありえないぐらいまったく動かずに一点を見つめている。

 ガっちゃんは、ロボットだ。

 僕の爺ちゃんが造った、人工少女。

 ガっちゃんとはじめて出会ったのは、昨日の朝の話。



 ***



 爺ちゃんが死んだ。

 葬式は昨日全部終わって、爺ちゃんの手紙が読まれている時、僕は大人たちが神妙にしてる場所がつまらなくって、爺ちゃんの部屋に潜り込んでいた。

 悲しくないわけじゃない。

 爺ちゃんって言ってるけど、父さんの父さんの、弟だって聞いてる。ずっと一人で暮らしてた爺ちゃんは、僕の友達だった。

 爺ちゃんの部屋は、いつもどおり散らかっていた。

 ネジをまいて動くブリキの猫、翼がばたばた動いて飛び回る飛行機、茶色く日焼けた一昨年の新聞。

 全部同じように床に散らばっていて、歩く場所だけ畳が顔を出している。獣道は爺ちゃんの大きな椅子につながっていた。

 座るところがくるくる回って、足に車輪がついてるやつ。革の背中はずいぶんボロボロで、使い込まれている。爺ちゃんお気に入りの椅子だ。爺ちゃんはいつもここに座っていた。

 いつか僕も座らせて欲しいと思っていたけど、いつも「まだ早い」って笑ってた。 

 椅子に座って、天井を見る。

 爺ちゃんはいつも通りここに座って、こんな形で死んでたらしい。

 じんわりと目の前がぼやけそうになった時、天井の隙間に何かが挟まっているのが見えた。

 なんだあれ。

 椅子に立ち上がって手を伸ばしても、僕にはまったく手が届かない。

 急いで部屋を出て、大人たちのいる部屋をそっと覗き込む。


「父さん?」


 どうしたんだろう、赤く腫れ上がった頬を抑えた父さんが、おじさんと睨み合っている。

 おじさんは僕に気がつくと、「ちっ」と舌打ちして、僕の肩を突き飛ばすようにして部屋を出て行った。


「どうしたんだ、学」


 まなぶ。僕の名前だ。爺ちゃんはずっとガク、ガクって呼んでたけれど。

 思い出して、鼻の奥がツンとしそうになって、僕はあわてて父さんの服の裾を引っ張った。


「天井に、何かあるんだ。でも僕じゃ届かなくて」

「どれだ? ああ、本当だな……よっ」


 父さんは僕を抱え上げて、天井に手が届くようにしてくれたけど、下ろすなり、「あてて……」とか言いながら腰をさすりだした。

 僕だってもう小三だ。子供扱いしなきゃいいのに。

 隙間に挟まっていたのは、封筒みたいだった。

 父さんをちらりと見る。頷いてくれた。封を開けると、中から出てきたのは鍵と、一枚の紙だ。


「便箋っていうんだよ」


 そう言いながら、父さんは僕の手にした紙を覗きこむ。


「なになに? ……『ガクへ』。おじさん、お前がこれに気がつくってわかってたみたいだなあ。

 『ガクへ。蔵の鍵を同封した。中の物は、全部おまえにやる』――お、おいこれって。ちょっと、おおい、母さん!」


 父さんが慌てて部屋を出て行く。僕は少しの間、呆然としてその鍵を握りしめていた。

 爺ちゃんの蔵――爺ちゃんが自分の秘密基地だって言って、誰にも近寄らせなかった場所だ。

 僕は走りだした。

 わくわくとか、どきどきとか、そういうのじゃない。

 これを僕に託したということは、爺ちゃんにとって、何か意味があるはずだから。

 僕はそれを、知りたかった。

 蔵の側では、さっき出て行ったはずのおじさんがたばこを吸っていた。

 うっとうしそうな顔で僕に、あっちにいけと手で示す。でも僕はおじさんに用はないんだ。

 扉にかけられた、大きな錠前を手に取って鍵を差し込む。

 錆びた音がするかなと思っていたけれど、実際にしたのはピピピ、という小さな電子音。

 手を掛けると、蔵の扉は簡単に開いた。


「お前……なにをしてる!」


 おじさんがびっくりした顔で、たばこを放り投げて僕に掴みかかってきた。


「この蔵の中に、あのジジイの財産があるって話なのに。どうしてお前が鍵を持ってるんだ!」


 襟をおもいっきり掴まれて、揺さぶられる。首が絞まる、苦しい!

 その時、涼やかな声が、確かに響いたんだ。


キーによる起動を確認。おはようございます、ガク


 青や白の光が、いくつも蔵の中を走っている。

 プシュウ、と。空気がもれるような音がして、ガシャン、ガシャンと蔵の奥から何かが歩いてくる。 


「學……?」


 僕のことを、爺ちゃんはガクって呼んでた。それは、爺ちゃん自身が、ガクって名前だったからだ。

 出てきたのはロボットアニメのヒロインみたいな、ぴっちりしたスーツに身を包んだお姉ちゃんだった。


「ガクテンソク、起動しました」


 その女の人は、僕を見て無表情にそう言った。

 それから、僕を掴んだままのおじさんを見て、すうっと……なんだろうあれ。太極拳とか、そんな感じ? とにかくそんな姿勢を取ってみせた。


「學への攻撃と認識しました。排除を行います」


 次の瞬間、そのお姉ちゃんがちょっと触ったと思ったら、おじさんは吹っ飛んでいた。


「ひ、ひぃっ」

「――警告。十秒以内に逃走を開始しないのであれば、攻撃を続行する。一。二。……」

「なんだよこれ……なんなんだよ!」


 おじさんは体を起こそうとして、だけど驚きすぎて立てないみたいだ。腰を地面に擦りつけるようにして後ずさりしている。


「……十。攻撃を続行する」

「待って! 僕は大丈夫だよ、大丈夫だから!」


 歩き出そうとするその人の前に立って、僕は両手を広げてみせる。

 僕の襟はちょっとよれよれになったけど、他には特に怪我もない。このままおじさんを、さらにコウゲキするのはいくらなんでもやり過ぎな気がした。


「――學の無事を確認。縮みましたか、學」


 僕のことを上から下まで見回して、その人はそんなことを言う。


「僕は、マナブだよ。ガクおじいちゃんは――」


 死んだんだ。そう言うことが、どうしてかできなかった。喉の奥が張り付いて、声にならなかった。

 その代わり、今更、涙が出てきた。ずっと我慢してたのに。

 爺ちゃん、爺ちゃん。

 どうして死んじゃったの。いなくなっちゃったの。会いたいよ。


「うっ……ふ、ぐっ、うえ、あ、うああああー!」


 全部言葉にならなかった。その代わり、思いっきり泣いた。

 僕の泣き声を聞いて、母さんと父さんが飛び出してきた。

 おじさんはいつの間にか、いなくなっていた。

 涙が全部出て、僕が落ち着いた頃には、大人たちはみんな蔵の周りにいた。


「これが、人工少女……完成させてたんだな、おじさん……」


 父さんが、すごくまじめにそんなことを言った。



 ***



 爺ちゃんの遺言だから、ってことで、その女の人――ガクテンソク、というロボットは、僕のものになった。

 なった、と言っても父さんが言うには「お姉ちゃんができたと思えばいいよ」とのことらしい。

 それで今、こうしてガっちゃんと僕は、父さんと母さんと、四人で一緒に暮らすことになったんだ。


「ええっと、椅子に座る時は、足を伸ばしてみて」

「こうですか」


 爺ちゃんの椅子の上で正座していたら、せっかくの椅子も意味がない。

 楽な姿勢をしたらいいよと思ってそう言ったのを、ガっちゃんは真正面から受け取った。

 膝をまっすぐ伸ばした、何か筋トレみたいな姿勢で座るガっちゃんは、いろんな常識が抜けている。

 なんだか変なことになったなあ、と思いながら、僕は笑った。

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