1-2


「文字通りの隠し腕かよ!」

 怒りながらも、彼はもう一度アタックを仕掛けようと体勢を整える。残弾確認、身体のダメージの確認、残り時間の把握。



 その時、ある事に気が付く。背後から幾つもの足音、そして銃声。他のプレイヤーが近づいてきたのだろう。

 草太は腰に下げていたグレネード類から、スモークグレネードを選択。それを二つばかり背後に投げ捨てると、もう一度百足型の巨大“残骸”《レック》にアタックする。



 二八式電磁投射銃パルスライフルから投射された弾丸が外皮を貫き、内部の機械部品へと突き刺さっていく。更に草太はグレネードを投擲し、背中の上で炸裂するのを確認する。人の腕に似た隠し腕を潰す為だ。

 “残骸”《レック》は痛みに悶えるように数度震えた後に、機械油と血液の入り混じったような黒と赤の粘度の高い液体を撒き散らし始める。息絶える間際である、という証左だ。



 笑いながら草太は今度こそ止めを指すために飛び上がり、髄となる場所に赤熱したブレードを突き立てた。“残骸”《レック》は身悶えしながら、己の身に迫る破壊を実感している。それを避けるために、彼を振り下ろそうとする。

 だが、すぐに断末魔と共に崩れ落ちる。彼の勝ちだ。



 “残骸”《レック》の脳に当たる部分のコアを引きずり出し、胸に備え付けられたポシェットに叩き込む。

 今度はこれを脱出地点へと持ち帰らなければならない。今からの敵は“残骸”《レック》ではなく、全参加者だ。



 すぐに銃声と共に、草太を狙った射撃が始まる。彼が“残骸”《レック》を倒すのを待ち構えていたのだろう。

 勢い良く“残骸”《レック》から飛び降りた草太は、半分塞がれた視界に最も近い脱出地点への経路図を表示し駆け出し始めた。ここからがこのゲームの盛り上がる部分だ。



 ターゲットの“残骸”《レック》を倒したプレイヤーが逃げ切れるか、それを他のプレイヤーが仕留める事が出来るか。 

 狩る者が狩られる側へと、そしてまた狩る側へと目まぐるしく立場が変わっていく。



 彼の視界の隅に描き出された、残りプレイヤー数は刻一刻と減っていく。それと同時に、脱出までのタイムリミットが迫りつつあった。

 この数字がゼロになってしまえば、迎えのヘリコプターは離陸してしまう。しかし脱出地点までの距離、そして手持ち武器の残弾数を考えれば脱出は難しいだろう。



 だが、脱出に失敗すれば全てを失ってしまう。コアも、それに付属する賞金も。

 数百メートルの道程を走り抜けた草太は、遂に迎えのヘリコプターを見つけた。センサーで距離を測定する。250mの文字が表示される。

 遠くに見えるローターを稼働させたヘリコプターは今にも飛び出しそうだ。長いようで短い、しかし今の草太には数キロの道程に見える距離だ。



 あまりにも遮蔽ポイントが多すぎた。車の残骸、右側の崩れ落ちたビル、左側の半壊したビジネスビル。

 特に危険なのは左側のビジネスビルだ。ある程度射角は絞り出せる物の、撃ち下ろされる危険性があまりにも高い。

 どうやって攻めるか。その判断すらすぐに下さなければならない。



 覚悟を決めた草太は最後のスモークグレネードを通りに投げ込んだ。白い煙が通りを満たす。二つ程のセンサー切り替え音が聞こえた。肉眼での視認ではなく熱源探知モードに切り替えたという事だ。

 それが草太の狙いだった。最後のフラッシュグレネードを即着モードで投げ込む。

 乾いた爆発音。チャフ入りの特別製だ。草太の視界に映っていたマップやレーダーもブラックアウトする。



 だが、構わない。一人目は既に見つけていた。

 残骸の後ろだ。

「ウオオオオオオッ!」



 全力で駆け抜けながら、飛び上がり、残骸目掛けてライフルを乱射する。

 牽制だ。本当の狙いは……、左側のビジネスビル。

 最後のグレネードを投げ込み、あとは脇目も振らずに全力で走り出す。残り200m、150m、100m、50m、そして、12m。



 その地点で、足元で何かが起爆した。罠だ。足の感覚が失われる。コントロール不可能。視線を下に向ければ、彼の足は関節の可動域を越えてひしゃげ、中身が見えているのが分かる。

 近くから敵が近寄ってくるのが目に見える。コアを回収しようとしているのだろう。



「馬鹿野郎が」



 草太の呟きと同時に、ヘリコプターは彼を置いたまま飛び上がっていく。

 時間切れ《タイムアップ》だ。

 画面が赤く染まる。

 草太はヘッドセット一体型のデバイスをベッドに放り投げる。

「クッッッソ!! やられたッ!」



 机を叩き、感情を爆発させる草太。暗い部屋で煌々と輝くモニターには、映像が流れ続け、チャット欄がもの凄い勢いで流れているがそのどれもが彼を揶揄するようなメッセージばかりだ。



「クソッ、アホ野郎が! あのタイミングで起爆させる馬鹿が居るかよ!」

 怒りに震えながら、何度もベッドに蹴りを入れる草太。彼の身体には傷一つ無い。

 それもその筈だ。彼が今まで行っていたのはゲームなのだから。



 “残骸”狩り《レックハント》と呼ばれるそれは、機械外装アウターと呼ばれる人間より一回り程大きい機械をシンクデヴァイス《Sync Device》と呼ばれるアタッチメントを用いて行い、自分の体を動かすようにして遠隔操作して行われる、旧東京死骸地においての様々な戦闘行動である。機械外装アウター同士のバトルロイヤル、草太が行っていたような夜間強襲ナイトライド等。



 それが実際に行われているという点を差し引いても、これはゲームだと大衆から認識されている。それを考えれば、草太は立派なプロゲーマーという訳だ。

 しかし、プロゲーマーと言っても百戦百勝という訳には行かない。今日のような日もある……のだが、今日はあまりにも強烈な負け方だった。



「しばらく立ち直れそうにねえ……」

 ベッドの上で頭を抱えながら悶えている草太だったが、突然彼の部屋の扉が開かれ、奇妙な女性が姿を見せる。

「うるさいですね。今は何時だと思っているのですか?」



 彼女がモニターだけが煌々と輝く薄暗い部屋の明かりを付けると、彼女の姿が草太にもハッキリと見える。

 クラッシックなメイド服を身に纏った年若い女性が彼を顰め面で睨みつけていた。



 青い瞳と、この小汚い草太の部屋にはとても似合わない几帳面なメイド服と同程度に凛とした立ち振舞いが特徴的な女性だった。

 だが、人ではない。耳を澄ませば僅かに聞こえるであろう駆動音。そして、彼女の顔の一部に僅かに入ったスリットを見れば、ソレは一目瞭然だ。



「うるさいって……シャットダウンして寝てりゃいいだろ、せい

「私は既に自己修復と充電を終え、活動を開始しています。これ以上草太さんが騒ぎ続けると、非常に高い確率で隣近所から苦情が来ることが予想されます。そして、その場合に苦情の処理を行うのは私です」



 何も言い返せない草太は黙り込んでパーソナルデッキの電源を落とした。

 そう、星は模体アンドロイド、それも草太の生まれる前からこの家に居る古株だ。それは一つの理由でもあるが、どうやらエンジニアであった彼の母(物心が付いた頃には既に彼の前から姿を消していた)の代わりに育てられた事で、頭が上がらない。



「分かったよ、寝るよ」

「そうして下さい。学生なんですから」



 そう言って星は部屋の明かりを再び消した。小言の多さには辟易するが、彼女が居なければ社会不適合者である彼は生きていけないであろう。それを分かっている上に、育てられた恩も感じている(模体アンドロイドである彼女は、ただプログラムに従っているだけで、愛情が在るわけではないだろうが)



 草太は暗い部屋の窓から外を眺める。

 この街の名前の様に、紅い月。それは血の様に赤黒く染まり、世界を見下していた。陰鬱な気分を更に暗くさせるその光景を見ながら、草太はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

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リアニメイト・リンカネーション 有等 @Arira

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