「ドラゴンに出会ったよ」後編
ドラゴンを拾ってからの日々は楽しかった。
「そういえばこいつ、名前どうしよう」
「ドラ太郎にしようよ」
「そのセンスはどうなんだ……」
「別にいいと思うけど」
「佐紀もか……まあ、いいか」
「むしつかまえてきたよー」
「おかえりなさい、修二くん」
「佐紀。お前、こんなたくさんの虫とか見ても平気なんだな」
「生物部だしね。虫
「自分で言うのか……」
「なにそれ、佐紀ちゃん」
「昔の日本のお話でね……」
「ドラ太郎の様子はどう?」
「元気だよ。虫も野菜もむしゃむしゃ食べてる。この前はうちのご飯の残り物も食べてたし、何でも食べるんじゃないかな」
「さすがドラゴンね」
「さすが……なのかな?」
「ネットで調べてみたけど、やっぱりドラゴンを探してるなんて人はいないみたいね」
「じゃあ、誰かに飼われてたわけじゃないんだね」
「野生のドラゴンってわけか」
「でも、ドラ太郎は小さいけど、親とか仲間とかはいないのかな。いたらとっくに見つかってそうだけど」
「うーん、そうよね。本物のドラゴンがいるなんて話、聞いたことないわね」
「ほーら、とってこ-い」
「ぐえー」
ぴょーん。パタパタパタ。ぴょーん。パタパタパタ。
「羽を動かしてるけど、飛べるわけじゃないのか」
「ジャンプしてるだけね。成長したら飛べるようになるんだろうけど」
「あっ。でも、ちゃんとボールをとってもどってきたよ! ドラ太郎、えらいえらい!」
そんなある日、三人とドラ太郎がいつもの神社で遊んでいた時のことだった。
彼らの前に一人の男が現れた。
「つ、ついに見つけたぞ……」
外国の中年男性のように見えたが、酷い有様だった。
ぼろぼろの衣服を身にまとい、髪はぼさぼさで、緑の眼はぎらついており、肌も汚れていた。
「おい、おまえら。そのドラゴンをこっちに渡せ」
男は息を荒げながら、ずい、と一彦たちに向かって手を突き出してきた。
「何なんですか、あなたは一体」
一彦は若干ひるみながらも、負けじと問い返す。
「うるさい。そんなことはどうでもいい。そのドラゴンは俺のものなんだ。早く返せ」
「あなたみたいな怪しい人に渡せません!」
佐紀も果敢に言い返した。
「四の五のぬかすな!」
男はドラ太郎に向かってつかみかかってきた。
「うわっ!」
修二がドラ太郎を抱えて飛びすさる。
「逃げるぞ、みんな!」
一彦が叫ぶと、三人は一斉に走り出した。
「待て!」
当然のように男が追いかけてきた。
「ところで、逃げるってどこに逃げるの!」
自転車をこぎながら、佐紀が尋ねてくる。
三人とも自転車に乗っており、ドラ太郎は一彦の自転車のかごの中である。
「えーと、えーと、とりあえず、警察かな!」
「ドラ太郎のことは何て言うの!?」
「しょうがないよ! あんな奴が出てきたんだもん! もう正直に話すしかない!」
そして三人は交番を目指して自転車を走らせていたのだが……。
「待てえっ!」
いつの間に追いついたのか、先回りしたのか、住宅地の角を曲がったところで男が立ちはだかった。
「うわっ!」
とっさにかわしきれず、一彦の自転車が正面から男にぶつかる。
しかし、男はそれをがっしと受け止めた。
「捕まえたぞ!」
男はそのまま、かごの中のドラ太郎をつかみ獲ろうとする。
だが。
「そこまでだ」
凛とした女性の声が響いた。
声の方を見ると、そこには二人の人物が立っていた。
一人は、スーツを着た三十代頃の黒髪眼鏡の男性。
もう一人は、亜麻色の髪に緑の瞳で、ジャージを着た二十代頃の女性。
声の主は後者のようだった。
「またお前か! こんなところまで追いかけてきやがって!」
男は毒づきながら、ドラゴンをわしづかみする。
「させない!」
鋭い声とともに女性の腕が閃いた。
「ぐあっ!」
男はうめくと、その場に倒れこんだ。
「ようやく捕まえたぞ……」
女性は男を見下ろしながらつぶやく。
その手にはいつの間にか長い棒が握られていた。
「君たち、怪我はないか?」
男を縛り上げた後、女性は一彦たちに声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。あの、あなたたちは一体……? それに、このおじさんも……」
「それについては私から説明しましょう」
尋ねる一彦に答えたのは、スーツを着た男性の方だった。
「私は
一同は警察署の一室で席に着いた。
ドラ太郎を奪おうとした男は留置場に入れられたようだ。
千葉は一彦たちに話しかける。
「あなたたちは今まで、そのドラゴンと一緒に過ごしていたんですね」
「はい……あの、いけなかったでしょうか?」
「できれば早い段階でこの街の役所なり警察なりに知らせてほしかったですが、通常の存在ではありませんから、そういった対応ができなかったのも仕方ないでしょう。むしろ、今まで騒ぎに発展させなかったことに感謝したいですね」
「そうですか……良かった」
一彦は一安心すると、千葉に向かって尋ねる。
「それで、ドラ太郎……このドラゴンはいったい何なんですか?」
「異世界の生物です」
「異世界……?」
「実は日本政府は以前から密かに、地球とは違う世界にあるファルシオール王国と交流を持っていました。私はその外交を担当している者です。しかし先日、そこのドラゴン保護区から、一匹のドラゴンが金目当ての盗賊によって奪われたのです」
「奪ったのがさっきの男で、奪われたのがドラ太郎……このドラゴンということですね」
口をはさんだ佐紀の言葉を千葉が肯定する。
「そのとおりです。そして、それを追ってきたのが、こちらの方です」
「私はファルシオール王国の騎士、ロザリア。ドラゴンを保護してくれた君たちには感謝する」
先ほど盗賊を捕らえた女性が、千葉の横で頭を下げた。
「いえ、そんな……」
「それで、ドラ太郎はこれからどうなるんですか?」
一彦が恐縮する一方で、修二が不安げに尋ねる。
「もちろんファルシオール王国に連れ帰る」
「それじゃあ、ドラ太郎にはもうあえないの……?」
修二が泣きそうな顔をした。
「当分はそうなる」
「そんなあ……」
「絶対に会えないということではありません」
今にも泣きだしそうな修二を千葉がなだめる。
「実は近々、日本政府は、ファルシオール王国との交流を世間に公表する予定なのです。これからは大々的に交流を行いたいと思っているのです。そうすれば民間の方も行き来が可能になるでしょう」
「じゃあ、ドラ太郎にも会えるんですか?」
「はい。手続きは必要になりますが」
一彦の言葉を千葉は肯定する。
「良かったな、修二。会えるってさ」
「ほんとう……?」
ようやく修二の表情がやわらいだ。
「それじゃあ、ドラ太郎。しばらくお別れだな」
「ぐえー」
一彦が言葉をかけると、机の上にいたドラ太郎は応えるように一声鳴いた。
そして、二年の月日が過ぎた。
「兄ちゃん、早く早く! 始まっちゃうよ!」
着替えている最中の一彦を、修二が玄関口で急かす。
「わかってる。すぐ行くって」
今日は、日本とファルシオール王国が
一年以上前に日本とファルシオール王国との交流が公表され、先日までゲートの建設が行われていたのだ。
ゲートは一彦たちの住んでいる街の山にあるふもとに設置されている。
この街は異世界と最もつながりやすく、以前からファルシオール王国との交流はこの街を通じて行われていたのだった。
「二人とも遅い」
家の前では佐紀が二人を待っていた。
佐紀との友達づきあいはあれからも続いている。
「じゃあ、行こうか」
そして、三人は歩き出した。
新しい時代の幕開けだった。
ドラゴンに出会ったよ 彼野あらた @bemader
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