第1話 帰り道での思い付き


 スクールカーストって言葉をつい最近知った。

 スクールカーストって言うのは、旧インド自治区が支配していた領域ではるか昔にあった制度、「カースト」を僕らが通っているような、学校内で当てはめた言葉らしい。旧インドの場所なんて知らないけど、ここ日本自治区でないことだけは確かだ。

 カーストでは大きく四つの身分に人々が分けられていて、それにより職業とか、仲良くしていい人とかが決められているらしかった。それを学校に当てはめるのだから、いくつかの仲いい友達グループに分けながら、権力が強い人やその取り巻きのグループ、それらに関与しないグループ、権力の強い人や取り巻きに冷たくされる人たち(彼らはあまり友人関係を持ちたがらないのでグループにならない)になる。

 それによれば、うちの学年で最上位になるのは、ほぼ間違いなく、レダだろう。




 スノウパウダーで遊んでいる人がいる。

 雪と同じ色の手でそれを掬っては、空中に向けてふわりと散らしている。彼の周りでは日光に反射した純白の粉がきらきら舞って、彼の存在をより幻想的にさせた。

 天気は管理されているけれど、冬の風物詩として年に何回かこの地区では雪が降る。スノウパウダーと名付けられたそれは、パウダー状でさらさらしていて、握っても固まらないし、積もることもない。

「レダ、汚れるぞ」

「大丈夫」

 彼の着ている濃紺のブレザータイプの制服は、この学校の物だ。似ている制服は数あれど、胸ポケットに蔦と鳩の刺繍がされているからすぐにわかる。今は鮮やかな孔雀青色のマフラーで遮られているけれど、彼が身に着けている、学年ごとに変わる九種類のリボンタイは赤だ。その色が特別制服に似合うので、俺たちの学年は他の学年に随分と羨ましがられた。紺のブレザーにグレーチェックのズボンなんて時代遅れな制服なのに生徒は不満を漏らしているが、この学校の由緒ある歴史を感じさせるから、大人たちにはむしろ好評なのだそうだ。

 ショウタはこのいかにも男女どちらでも似合うような中性的な制服が苦手だった。せめてリボンタイは女子生徒だけにならないものかと、いつも考えてしまう。六年間身に着けてきて最近やっと違和感に気がついた。自分のように短髪で浅黒の肌をした男には、かわいらしすぎる。

 このシンプルだが甘ったるい制服は、レダのような元々の顔が派手な人に良く似合う。細い金の糸のような髪が冬の風になびいた。

「ああ、楽しい」

 くすくすと笑って、レダは雪で遊ぶのをやめた。彼の肩口は白く色づいていて、それが後からじわりと溶けて濡れてしまうのがショウタには気になった。

 はあ、と自分の指に息を吹きかけて、レダはやっと通学路を歩きだす。学校鞄が軽いせいで、レダが軽く跳ねると、レダの背中で鞄もはねた。

 元々、ショウタとレダは学校からの帰り道を歩いていただけだった。その途中で道路の隅に追いやられた雪にレダが興味を示し、ショウタはそれを呆れて見ている羽目になったのだ。飽きるまで待たないと、彼は後々根に持つので面倒なのである。

「スノウパウダーが残っているなんて珍しい。ああ、楽しかった」

「冷たくない?」

「そりゃあ、冷たいさ」

 爪と同じ色になった指先を息で温めて、薄茶色の革靴を鳴らしてやっと歩きだした。レダの歩きはショウタより幾分速く、カツカツと道路に音が落ちて道を作っていく。

「これで今年の冬は満喫したなあ。もういいな」

「まだ数か月あるぞ」

「そう、これから冬の惰性に付き合うんだよ、僕たちは」

 レダは満足したようにショウタに笑いかける。口角の形が左右均等に綺麗に動く。レダの笑顔を見ながら、ショウタはさらさらとした雪で滑らない様に、慎重に足を進めた。

「ショウタ、夏休みは何する?」

「夏休み?」

「僕はさ、プールに通いたいな。あとは溢れるくらいの日差しの中で球技をしたい。できればパブリックフットボールがいい。7年生になったんだから、なんて親が言い出すだろうから、それから逃げ出すのがとりあえずの目標だ」

「まだ冬なのに気が早くない?」

「考えたらあったかくなってきただろう?」

 自分でも想像しているのか、レダはたいそう上機嫌で鼻歌でも歌いだしそうな様子だった。

 レダの鼻歌は決まって『夕べの歌』という古い曲で、彼独特の創作した節をつけて歌う。そのせいで本来の厳かさが失われて、妙に軽快でくすぐったい曲となっているのは、ショウタは思い出していた。

「そうだ、今年の夏はさ、この前先生が言っていた、美少年がヒトの生活の何を変えたかを調べようかな」

「そっちのクラスでもその授業したの」

「そう、でも僕の家族は四十歳程度の若い人たちだし、ちょうどいいとおもわないかい? 自由研究にさ」

「自由研究だって!」

 急に大声をあげたせいか、レダの顔が怪訝そうに歪む。静かにしろとばかりに口元に人差し指を当てて、彼の足がさらに早まった。

「大声を出さないでくれよ、驚くじゃないか」

「だってお前、今から夏の宿題の心配か?」

「悪いか? だって面白そうじゃないか」

 殆ど小走りになって少年二人は雪を踏んだ。レダが先を歩き、それにショウタが付いていく。

 また始まった、と言わんばかりにショウタは溜息をついた。宿題のことを今から考えるなんて、なんて暇なやつなんだ。

「でも今からだと気が早いと思うけど」

「何言ってるんだ。速すぎるなんてことないんだぞ」

「ええ……」

 ショウタはほとほと困ってしまって、返すべき言葉を失って途方に暮れた。レダは強引で、思い付きで人を振り回す。人によって対応を変え、大人には目を潤ませて甘えるように、俺ら相手には無理やり引っ張るようなそぶりをするけれど、本当に嫌がっていたらそれを見極める様な、そんな器用さがある。何度その魔性に騙された人を見てきたか。

「君もやるだろ」

「なんでだよ」

 そう言ってはみても、結局レダに振り回されるのは目に見えているのだけど。


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美少年は僕らの生活にどれほど影響力があるか? 深沢りこ @rikofukazawa

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