第21話 明確な理由ではないけれど

 時間とはなんとありがたいものか。朝が来る、ただそれだけのなんと嬉しいものか。

 一秒、一分、一時間……あの時の感情も記憶も完全には消えないが、希釈されていく。けれど完全には拭い去れない。それだけが唯一の苦しみだ。

 あの時の店、あの時の道、一緒に歩いたあの場所。嫌なほど街に旦那の匂いが染み付いている。

 引っ越そうかと何度も考えたが、経済的にそれは難しかった。

 けれど、二年後の私よ、そんな感傷的なものはなくなるから安心して欲しい。堂々と地元を楽しんでもらいたい。再び、心から笑える日は必ず来る。経済は相変わらずだが……宝くじを買おう。

 

 離婚から二ヶ月ほど経った時、精神科の医院長と話をする機会ができた。私に精神的な病気はないのだが、思う事があって相談したことのある先生だ。

 私はぽつぽつと、これまでの事を話した。すると、驚く事を言った。


「今、七津さん寂しい?」

「有り体の事を言えば、穴が空いた気分です」

「もしここに、あなたの支えになる人が来たとしたら、どう?」

「ころっといくかもしれませ……あ。もしかして」

 元旦那と出会ったのは、彼が前の離婚をして一年後の事だ。そこで私と出会ったわけで。

 私が察した事を確認すると、先生は言った。

「つまり、凹んでいるところをたまたま七津さんと出会った。あなたじゃなくてもよかったんです。最初に出会った女性がたまたまあなたなだけだったんですよ」


 納得がいってしまった。

 おわかりいただけるだろうか。

 誰でもよかった。元旦那は私じゃなくてもよかった。傷を癒してくれるなら誰でも。

 彼は、私が好きではなかった。私を好きになって結婚したわけではなかった。たまたま、偶然、ちょうど良くいた、ただの人だった。

 なぁーんだ。

 好きでもない人の子だから、どうでもいいんだ。

 私の独り相撲だったのだ。

 ああ、なぁーんだ……。


 本当のところ、最後の最後まで離婚する理由はなかった。

 もしあるとするなら、それなんだと思った。

 最初から好きで結婚したわけじゃなかった。

 傷が癒えたら好きではないことに気づいた、ただそれだけの事だった。

 なんてことない、ただの失恋。たまたま法的な手続きまでして結婚しただけのこと。結婚しなければ簡単に破局で終わったのに。

 

 泣くに泣けず、笑うしかなかった。

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