第19話 娑婆へ

 娑婆の空気のおいしさったら、それはもうなくて!

 浮かれに浮かれた私は駐車場までの五百メートルを駆け抜けた。それはもう、羽が生えたんじゃないかってほど浮かれて走るわ走る。こんなに全速力でダッシュしたのはなん年ぶりだろう! まるで青春ど真ん中の人みたい!

 車に乗ると、まず親に連絡をした。

「離婚できたよ! ただいま、旧姓の私!」

 親は「車ぶつけないでよ」と呆れて電話を切った。

 続いて、友人Aに電話をした。友人Aは心から喜んでくれた。

 浮かれに浮かれた私は友人に、

「そういう事で、明日離婚届一緒に出しに行こうぜ!」

 と、ものすごいお誘いをしてみた。

 友人は快く「マジか! 行く行くー」と大変おもしろそうにオッケーをくれた。一人で行くのはさすがにしんどいが、友人と行けばそれこそネタ、一生に一度あるかないかの経験である。一人で離婚関係の手続きをする勇気はもうなかった。

 こうして飛ぶように家路につき、ウエハースをしゃりしゃり食べている息子を抱きしめ、「今日から◯◯(旧姓)◯◯君だよ!」と叫んでスリスリした。息子はもちろんわかってないが、「あうあー!」と叫んでぴょこぴょこした。大変愛らしい。うちの息子はこんなに可愛かったのかと再確認した。


 ――調停の期間、息子の世話はもちろんしたし、可愛かったと思う。けれどあまりに心が疲弊していて、実感のこもった「可愛さ」を感じ取れなかった。それを、この日初めて心の底から「可愛い!」と思えた。


 それが嬉しくて泣いた。そして、この子から父親の存在を奪ってしまった事に泣いた。片親で苦労をかけてしまう事に泣いた。

 気が狂ったように泣いて、泣いて、この日の記憶は今の私から消えてしまった。

 

 夜、旦那からメールが来た。

「今までありがとう」

 感謝が感謝に思えなかったのでもちろん無視した。

 これが最後のやりとりだった。これ以降、旦那とはまったくもって会うことも連絡もしてない。

 ただ、次の日義母から「あなたの息子の通帳名義を旧姓にしておいてください」とメールが入った。

 当たり前だばーーーーか!!!

 画面に叫んで無視した。義父母ともこれ以降関わりはない。

 

 余談。調停中、私の母が義母に連絡をしたらしい。親なら多少感じるものはないのか、と母が言ったところ、義母は「私は親に育てられたことはないのであなたの気持ちも親としても子としても気持ちは一切わかりません」と答えたらしい。

 お涙ちょうだいな場面だろう。

 しかしながら私は聖人君子ではないので、母と二人で「野犬にでも育てられたんかい! わからんかったら孫捨てていいんかい!」と突っ込んだ。

 

 婚活中の皆様、結婚の際はどうか義理の親きょうだいの確認をしてください。お付き合いのままで終わらせるならいいかもしれませんが、結婚は永遠。この付き合いが永遠……。(もう一つオススメは交友関係。友人の確認も大事です)

 

 改めて、子どもを育てる恐ろしさを知った。愛情を呪いにしてはならない。注ぐものを間違えてはいけない。

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