第四章 夫婦どもが夢の跡
第18話 ついに
テレビで見た通り、離婚届は離婚届だった。薄い紙に緑の明朝体で離婚届、と書いてある。
ただ、まっさらだった。
「この離婚届ですが、近いうちに役所へ提出してください。調停で離婚が成立したので記入は七津さんのみで大丈夫です」
つまり、一人で書いて一人で出せば成立するとのこと。少しほっとした。文字ですら旦那の名前は見たくない。
いよいよ、本当に、正真正銘の離婚をする時がやってきた。
パチン、と私の中で変なスイッチが入った。
なぜだか心が浮き立つ。冒険に飛び出すかのようにワクワクしていた。顔がにやけるのを抑えるのに必死だった。
離婚だ! ついに終わるんだ!
調停も五回で済んだが、半年である。長い戦いもこれで終わる。
走馬灯のように、今までの調停と結婚生活が流れた。友人が結婚式に歌ってくれた中島みゆきの「糸」を背景に……。
「年金についての申し立てもあります。二年内に調停を起こせば結婚生活の時の年金を分担できます」
と、ここで終了ではない。
まだまだ手続きが山とある。
扶養時の年金については申し立てをすればいいのだが、私はもうへとへとで出来なかった。本当はやった方がよかったのだが、ここですっぱり終わりたかったのでやめた。賢いやり方ではないのかもしれないが……。
そして、息子の苗字についても申し立てがある。
◯◯から△△へ変更をお願いします、と書けば数日で成立して自宅へ書類が届く。
まあ、その前に離婚して自分の苗字を変更しなくては。苗字は旦那の苗字か旧姓か選べるが、もちろん! 旧姓だ。
最後、書類をまとめるためにしばし待つことになり、初めて申し立てをされた側の待合室で待った。旦那はもうとっくに帰っている。
部屋は申し立て側の待合室とまったく同じだ。
と、一人の男性がいた。五十代くらいか。白髪混じりの茶髪を後ろで一つに束ねている。無精髭がなかなかワイルドなおじさんだ。
おじさんは落ち着きなく、ポケットに手を突っ込んで部屋をうろうろしていた。
すぐに調停員がそのおじさんを呼んだ。
すると、おじさんは舌打ち混じりに「あのババァ、まだメソメソしてんのかよ! とっとと帰らせろよ!」と、巻き舌で叫んだ。
あー!!! 待合室で見たあの親子の親父だー!!!!
こいつか、困った親父って! そりゃヤンチャだわこれ! むしろよく結婚生活送ってたな!?
人のことはまるで言えないが、人は選ぼうよと思った。
そして、全ての手続きを終えた私は晴れて裁判所を出たのだった。
ムショからようやく娑婆に出た気がして、裁判所に向かってうっかり頭を下げてしまった。
もう来ないように、とは誰もボケてはくれなかった。結局、苗字を変える申請をしに一週間内に行くのだけど。
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