第17話 裁判官

 十分ほどして、裁判官と書記官が入ってきた。


 阿部サダヲだ。


 いや、違う。すっごく似てるが、阿部サダヲじゃない、裁判官だ。にしても、似ている。ここに十人友人がいたら、九人は確実に「似ている」札を上げるに違いない。


「はじめまして。あなたの審判を受け持っています、◯◯と申します」

 阿部サダヲが脳内を駆け巡っていたので肝心の名前が頭に入らなかった。

 そして書記官も頭を下げ、

「あ、あ、私は、◯◯と、も、申します。よろしく、あ、すみません、よろしくお願いします」

 どうやら、口の端に唾が溜まりやすい性質らしい。口の端をハンカチで拭いながら着席した。私もついそれを気にしてしまって名前が入らなかった。


 なんだろう。突然、キャラが濃い。

 悲しい気持ちがどこかへ消えてしまって、むしろ悲しい気持ちになった。


 阿部さん(裁判官)と◯◯さん……この人はドラマ「SP(岡田君が主演のドラマだ)」に出ていた俳優の野間口さんに似ていたので、仮称野間口さん(書記官)は調停員二人の隣に腰かけた。


「調停お疲れ様でした。ただ今より確認を行いますので、こちらをご覧ください」


 渡されたプリントには、今まで決めた事が箇条書きに並んでいた。

 大した内容ではない。

 大まかには親権と養育費のみ。それらがどういう意味でどういうものなのかが、細かくなって書いてあるだけだった。

 あとは、子どもの権利。

 子どもが望めば親は会う権利がある……権利、義務、離婚しなければ言葉にするのも馬鹿馬鹿しい、当たり前の事が書いてあった。


 息子はこんな当たり前の事を書類にしなければ手に入らないのか。

 私が今までなんてことなく享受していたのもを、この子にはない。


 改めて怒りと悲しみが込み上がったが、飲み込んだ。一緒にいたところでないものはない。言い聞かせるしかなかった。

 確認が済むと、旦那のターンとなった。

 

 しばしして、佐藤さんが来た。

 旦那はおとなしく了承したと。息子の通帳に振り込む事を了解した、と。少ないよねぇ、なんて佐藤さんはぼやき気味に言った。

 

 再び入ると、裁判官と書記官はいなくなっていた。

 山田さんが机に、いよいよ例のものを置いた。

 離婚届だ。

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