第16話 ラストシーン

 いよいよ裁判かー。オラすげぇワクワクしてきたぞ。


 などと冗談めいた妄想をしていると、佐藤さんに呼ばれた。佐藤さんは何も言わなかったが、渋い顔をしている。また何かあったのか。

 部屋に入り、座ると、山田さんと佐藤さんが同じように渋い顔をしていたが、間を置いてから頷いた。


「裁判は大変だから嫌なので、養育費はこの値段でいいそうです」


 「そうですか」自然と言葉がこぼれた。


「離婚成立です」


 これは物語ではない。


 怖いほど呆気なかった。


 旦那が頷けば終わるのだから、それはそうなのだ。劇的な終わりが来るのは物語の中だけ。ただただ「終わった」という言葉が頭を巡った。

 裁判なんて大それたことを旦那ができるとは思っていなかったから、旦那が頷くように養育費を下げに下げて頷くようにした。


 でも、これで終わってしまった。


 私は攻めて砕け、旦那は家庭の全てを放棄して逃げた。

 そんなもんなのだろう。そんなものでいいのだろうか。でも終わった。もう終わりたかった。


「離婚する気はなかったと、最後まで言い訳していました」


 まるで死人を語るように調停員二人が言うものだから、うっかり涙が浮かんだ。


 ああ、馬鹿だなぁ。馬鹿だなぁ、気がつけば声にしていた。本当に、馬鹿だなぁと思った。

 恥ずかし気もなく言えば、二度目になるが、好きで結婚したのだ。別れるにしても、これはない。もっと別の方法や道がいくらでもあったじゃないか。笑顔で別れる方法だってあったはずじゃないか。

 幸せにしてあげたかったなぁ。そんな後悔がやってきたが、飲み込んだ。向こうが拒絶し、私も手を振り払った。どんな事があっても戻れないのだ。


 ――これ、歌かなんかにならないかな。

 創作脳が自分の悲劇の邪魔をする。


 どうですか、JUJUあたり。(この頃、私はJUJUばかり聞いていた。ラストシーンという曲はほんとよくわかる)

 悲しいのか嬉しいのか楽しいのかつらいのか、私が分離してしまうのかと思った。


 山田さんは私を見つめ、

「これは悪縁ですよ。別れてよかった。いい人生を送ってください。もうこれで終わりですよ」

 佐藤さんは私の肩を撫で、

「お疲れ様。子育てしながら、大変でしたね。離婚できてよかったですよ」


 中立のはずが、二人は一生懸命慰めてくれた。

 離婚が悲劇にならないよう、これは悪いことではなく次に進むための道の一つになるよう、二人は未来のある言い方をしてくれた。


 私が落ち着いたのを見計らって、山田さんが立ち上がった。


「裁判官を呼んできます。今から離婚の手続きを行います」


 そうだ、忘れてた。


 裏にはボス……じゃなかった、裁判官がいるのだった。

 調停を起こすと必ず調停員二人、そしてその後ろに裁判官が一人、書記官が一人つく。しかし裁判官と書記官は最後しか登場しないのだ。


 ついに裁判官とご対面となる。


 文章を見ての通り、気持ちは支離滅裂だった。

 裁判官なんてこの先見ることはないだろうし、こんな場面二度とごめんだから、つまり最初で最後。

 創作脳がワクワクしないわけがなかった。


 不謹慎かもしれないけれど――こうした変な気持ちが私を暗い沼に落とさず繋ぎ止めていた。そして、そんな気持ちをかき消さずに済んだのは、調停員の二人や友人や親がいたおかげだと、私の成分の半分はみんなの優しさでできている――そういうことにして、この不謹慎さを生ぬるく見守っていただきたい。

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