第二章 調停、冬の陣
第8話 第一回
調停員の二人、おじさんの山田さん、おばさんの佐藤さんはいくつかプリントを出した。私が提出した書類だ。
「まずはいくつか確認から始めます」
そう言うと、私が書いた内容を読み上げて間違いがないか確認した。
そして理由のところを読んだ瞬間、気持ちが高ぶり、調停員に思いの丈をぶつけた。
産後すぐにいなくなったこと、音信不通なこと、息子の事で喧嘩したこと、喧嘩の内容がよくなかったこと、言い過ぎてしまったこと……感情がコントロールできなかった。
けれど、山田さんは表情を変えずに手を挙げた。
「では、こちらに書いてある通りですね。持ち時間が短いので、一旦旦那さんに替わりましょう」
そんな。
私は愕然とした。何も伝わらない。言葉は届いても気持ちの熱は何一つ受け取ってもらえない。
山田さんも佐藤さんも無表情とまでいかなくても、冷静だ。佐藤さんはにこりと業務的な笑顔を見せるだけだった。
当然だ。
彼らは私の味方じゃない。
これは調停だ。これが中立だ。
私が呆然としていると、息子がぐずり始めてしまった。私は立ち上がり、よしよしとあやすと佐藤さんが立ち上がった。次は旦那さんにこの内容を確認していただきます……とだけ言った。
そうして、私は早々と待合室に戻った。
一人の持ち時間は十分から二十分しかないのだ。
待合室に戻ると、二人も戻っていた。
ショートカットの女性は目を真っ赤にして震えながら黙って泣いていた。にーちゃんは貧乏ゆすりをしながら「ちっ! くそ……」と舌打ちをしていた。
私は息子にミルクを作り始めた。哺乳瓶に粉ミルクを入れ、用意した水筒から熱湯を注いで溶かし、0歳児でも大丈夫な水で薄めて冷まし、確認してから咥えさせた。息子は口が小さいので飲むのが下手くそで、口の端から何度もこぼしてはか細い泣き声を上げた。それでも何とか飲むことができた。げっぷをさせると、少しだけミルクを吐いた。低体重な上に体重の増えが悪い息子は食が細かった。
そして三十分経つ間に二人はまた出て行った。
私も呼ばれた。おばさんの佐藤さんだ。どうやら彼女が先導役、山田さんが進行役なのだろう。
同じ部屋に戻ると、山田さんが私をちらりと見た。
「確認しました。間違いないそうです。彼の方は、喧嘩の際に言われた事がショックで非常に傷ついたとの事です。だから出て行ったと」
私は心の中で「子どもについて一緒に考えて。万が一障害があったらそれについても将来を少しでも考えておこう」と言った事のどこに傷つく要素があるのだろうと思ったが、言わなかった。言っても伝わらないのは、三十分前に学習した。
「これで確認が終了しましたので、次回から婚姻費用について確認します。本日はこれで終了です」
なんだって!?
おい! 調停員とトータル三十分話してないよ!?
まさかの、これが第一回調停であった。
この後、待合室に戻る事なく裁判所を出た。早く出ないと旦那とかち合ってしまう。
何一つ解決に繋がらない内容に、ただただ呆然として身体が動かなかった。
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