第23話

俺は夜の街をひた走る。

アパートに近づくにつれ、奇異なものを見る視線は無くなったが、代わりに心臓が耳障りなほどに、休息を求めて、自己主張し始める。だが、そんな情けない主張に取り合っている暇は俺にはない。

一刻も早くアパートに行かなければならない。

休んでいる間に、もし、カレンがアパートのドアを開けていたら…。

そんな悪い予想が頭から離れず、俺はどうしても足を止めることはできなかった。

休みを求める体に鞭を打って、走り続けた俺はようやくアパートの前にたどり着く。

息も絶え絶えになりながらも、俺は必死に自分の部屋を見上がる。部屋には明かりがついていた。


(どっちだ?)


間に合ったのか、もう手遅れだったのか…。


一人だけならいい。タジマがまだ残っていたのだとしても、カレンが俺の部屋に上がりこんだとしても。

二人は…ダメだ。ダメなんだ。勘弁してほしい。そんな事態になっていたら、俺は…。

もつれそうになる足を必死に動かしながら、俺はゆっくりと階段を上る。荒い呼吸のまま、

ドアノブに手をかけるとカギがかかっていた。


(カギは…。)


もどかしい気持ちを抑えながらズボンのポケットを漁るが、なかなか見つからない。


(ズボンじゃない?上着に入れたのか?くそ、どこに入れた…違う。俺はカギを持っていないんだ!)


家を出るとき俺はタジマにカギを渡した。そして、家を出るならポストにカギを入れておいてくれとも言った。

俺は慌てて、階段を下りるとアパートの入り口に設置してあるポストの中を漁る。

カギは…なかった。


(カギはない?でも、アパートのカギはかかっていた?)


カギがポストの中にないということは、タジマはまだ俺の部屋にいるということだろう。

それはわかる。しかし、扉にカギがかかっているのはどういう訳だ?

俺は家を出るときにカギを閉めていかなかった。カギを持っていないのだから当然だ。そして、俺のアパートにはオートロックなんて気の利いたものはついていない。

部屋に残ったタジマがわざわざ鍵をかけたのか?それとも…。


(別の第三者…カレンが来てカギを閉めた!?)


最悪の事態が頭によぎる。


(いったい中は、どんな状況なんだよ!)


インターフォンを押せば中にいる人物が招き入れてくれるのかもしれなかったが、この状況で簡単に実行できるほど、俺に度胸はなかった。


(覚悟を決めろ。もう押すしか選択肢はないんだ。)


俺は悲壮な決意とともに、ドア横のインターフォンを押す。

呼び出し音のあとの沈黙がやけに長い気がした、


(もう、早くしてくれ…。)


なにもできずにただ待つ時間が苦痛だった。判決を待つ被告のような心持で俺が焦れていると。

眼の前のドアノブがゆっくりと回り、扉が開く。中にいたのは…


「あれ?スドウじゃん。なんだよ、もう帰ってきたのか?」

「てめぇ、帰れよ。」

「な、なんだよ。出会いがしらにいきなり!わざわざ心配してアパートまで見に来てやったっていうのに、あんまりじゃないか!」

「だからって勝手に人に家に上がってるんじゃ…、おい待て、そのカップラーメンはなんだよ?断りもなく人のカップラーメン食ってるんじゃねぇよ!」

「おい、蹴るなよ!スープがこぼれ…うわっ!あっち、やめ、やめろー。」


俺を招き入れた人物、それはヒラガだった

俺は内心の動揺を悟られないように、ヒラガに暴行を加えながら冷静に状況を判断する。


ヒラガは…カレンと一緒に待ち合わせ場所にいた。ヒラガは心配して見に来たということは、おそらくカレンと一緒にアパートまで来たのだろう。

見たところヒラガの様子に変わったところはない。もしタジマと鉢合わせしていたのなら、ヒラガはこんなふざけたノリはできないだろう。

これが俺を騙す演技だったら、たいしたものだ。


(タジマのことは、バレてない…はず。)


俺はそう結論付けると、内心胸をなでおろす。すると廊下の奥の居間からカレンが顔を出した、


「どしたの~?ってあれ、メノウ君じゃん!おお、その汗だくな恰好。愛しい私に会うために、必死になって駆け付けたものとみた!ファイナルアンサー?」

「残念、不正解だ。正解は家によくないものが湧いた気がして、慌てて戻ってきた、だ。」

「だってさ、ヒラガ君。というわけで突然湧いたお邪魔虫なヒラガ君はゴーホーム。OK?」

「ええ?ちょっと待ってよ!ひどいよカレン!僕は君がスドウのことが心配だとかいうから、わざわざついてきたのに!」

「ヒラガ君。キミはいい友達だった。しかし、私の彼氏が悪いのだ。恨むなら彼を恨みたまえ。」

「せ、せめてカップラーメンだけ食べさせて…。」

「外で食えばいいだろ。」

「さらば、友情(ヒラガ君)、最後は愛が勝つのだ。」

「え、ホントに僕締め出される流れなの?酷くない?ほ、ほら友情パワー?」

「何が友情パワーだ。俺とヒラガの間にそんなものはない。…あと出ていくのはお前もだ、カレン。何勝手に上り込んでいるんだ。」

「ホワイ!?ミーも?友情も愛情も捨てて、何が残るっていうんだ。ミスターメノウ!」

「努力じゃないか?ほら、出て行け。」

「断じてノーよ。それに勝手じゃないもん。私、彼女だからカギ持ってるし、私ここの旦那とラブな関係者!貴様に出て行けと言われる筋合いはないのだよ。メノウ君。」

「あるだろ、筋合いは…。」

「簿、僕も出て行かないぞ。ラーメンを食べて、マリカーするまでは。」

「勝手に行動を増やしてんじゃないぞ。ヒラガ。」


ヒラガとカレンはアパートを追い出されまいと必死に抵抗する。まあ、いいか。今となってはむきになってカレンたちを追い出す理由もないからな。


「それで、理由も言わずに急に約束を断って、どうしたんだよ、スドウ?病気…ではないみたいだけど。」

ヒラガはカップラーメンをすすりながら事の顛末を訪ねてきた、ここは適当に誤魔化しておくとしよう。


「ああ、急に母さんから連絡が来てな。要件も言わずに会いたいっていうから何事かと思ったんだが、まあ…大したことじゃなかったよ。悪いな、俺はなんか大変なことでも言われるのかと思って、慌ててたからうまく連絡できなくてさ。」

「ふーん、そうだったんだ。」


カレンとヒラガは俺の説明に特に疑問を抱いてはいないようだった。


「いちおうカレンに電話も入れたんだが、つながらなくてさ。」

「あ、ほんとだ!ごめん、気が付かなかったよ。」

「いいよ、俺もカレンとヒラガからの電話出れなかったしさ。それで、もう用事は済んだんだが、これから遊びにでも行くか?迷惑かけたお詫びに奢るからさ。」

「うちのダーリンったら気前のいいこと。で、どうするヒラガ君?」

「僕はなんだかここでくつろいでいたら、今日は外で遊ぶ気力が…。今日はもういいんじゃない?それよりマリカーしようよ。3人でさ。」

「マリカー好きだな…カレンはそれでいいのか?」

「私もそれでOK。遊びに行くのはまた仕切り直しということで…奢ってくれるみたいだしね。ふふふ、覚悟しろよ、メノウ君。」

「どこまで遊びに行くつもりだ?そんなに大金出せないぞ。」


(やれやれ、話はまとまったみたいだな。)


安心したとたん、自分が汗まみれになっていることに気が付いた。6月とはいえ、駅前から家まで全力疾走したんだ。無理もない。シャワーでも浴びてくるか。

俺はタンスからシャツを引っ張り出すと、二人に声をかけた。


「悪い、ちょっと汗かいたからシャワー浴びてくるよ。」

「はいはい、行ってら~。あ、そうそうメノウ君。ひとつ、いいかな?」

「なんだ?」


俺は居間を後にし、バスルームのドアを開けながら、カレンに応じる。


「お母さんに呼び出されて急いでいたのは分かるけど、カギを開けっぱなしで出かけるのは、少々不用心でござるよ?」


バスルームには申し訳なさそうに縮こまったタジマがいた。

…そういうことだったのか。俺はこの瞬間全てを理解した。

なぜこの可能性に気が付かなかったのだろう。気が付いていれば無理やりにでも、外に遊び出かけたのに…。

ああ、やはり今日は何を選んでもうまくいかない。


「気、気を付けるよ…。」


上ずりそうになる声を必死にこらえながら、俺はそう答えるのだった。

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ロクでなしのダメな恋 @MasashiRX

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