冷血で狡猾な極悪人

男は自分が最も悪人であるという自負があった。

そして、冷血であり狡猾でもあった。


人が望むこと、欲しがっている言葉

その人間の善悪の判断がどこにあるのか


会って相手の目を見て話をすると

瞬時にそれらを見通すことができた。


会話術、表情、仕草、心理操作。


そういったコミュニケーション技術は天性のものがあり

学生時代に心の底から侮蔑し、嫌悪していたクラスメイトからでさえも

卒業アルバムに再会を約束するような熱いメッセージを書かせたほどだった。



肚の中は決して見せず、悟らせず

会話や周辺情報から分析をして、自然と相手の懐に入り

信頼を勝ち得ては、己の有利な立場を獲得し世間を渡っていた。


ニュースに映る政治家、犯罪者、反社会団体、

世間、法律から「悪」と判断されている者たちを見ながら

自分と比べたらまだかわいいものだと思った。


欲、堕落、怒り、無知、権力闘争、

それらに従い、法に背く行為、世間から反感を買う事は

とても人間らしく好感が持てた。


そんな男の次の目的は経済的自由であった。

そしてその標的はとある資産家一家であった。

誰から見ても幸福、成功を絵に描いたような資産家の令嬢に取り入り

一家の信頼を得て、縁談に持ち込み、戸籍上その資産家の一員になった後

自分を除く一家全員が不運な事故に巻き込まれてしまう事。


男の頭の中では綿密な計画があり全てが上手くいく確信があった。

そしてそれを実行した。


偶然を装い娘と接触し、一ヶ月と経たず懇意となり

一家の両親との紹介の際にも

得意の分析眼とコミュニケーション術で信用を勝ち取り、

目的の縁談の話にも一年とかからず持ち込む事ができた。


「善人なら、どうするか、、」

「好かれる人は、どうするか、、」

「信用できる人間は、どうするか、、」


あらゆるシチュエーションで求められるそれらの最適解を

全ての瞬間で男は体現した。


一家は男に全幅の信頼を置き、心酔していた。


全ては計画通りであった。

そして一家の全員が不運な事故に巻き込まれる決行当日、

男は不手際を起こしてしまう算段の業者と最後の打ち合わせの電話をしながら

タクシーを降りた時、無謀な運転をするバイクにはねられ命を落としてしまった。



--------



荘厳な葬儀場

棺桶に覆いかぶさり泣きすがる娘。

参列者の誰もが悲痛な思いでその光景を見つめていた。

資産家の主は潤んだ瞳で遠くを見つめながら呟いた。

「彼ほど素晴らしい人間はこの先、もう現れないだろう」


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小話集 笹依 個々 @dakkile

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