146 星空の誓い
◇ ◇ ◇
〝フェイリット、どうか話がしたい。以前、手合わせをした庭園の円舞台で一刻ほど待ってる。――友人として。コンツ・エトワルト・シマニ〟
◇ ◇ ◇
庭園に一歩。踏み出した足元を見つめて、フェイリットは自らを奮い立たせる。
裸足に感じる石畳の硬さと、草地の柔らかさ。交互にすぎる光景を目で送りながら、円舞台へと進む。
「いいか。どうしても行きたいんなら、全身に
フェイリットを王女宮までしっかり届けると、ギルウォールはさらに忠告を重ねた。フェイリットは頷き、「おやすみなさい」と兄に笑いかけた。
実際そこまでは、言いつけを守るつもりでいたのだ。
寝巻きに着替えて、身体を寝台に投げだした先の視野。床に放り置かれたままの、白銀の
おそらくギルウォールは、この部屋に本当に鎧があるなんて、思ってもいないだろう。そんなことを考えてから、フェイリットは起き上がった。
「……違う」
誰にともなく言いやって、寝巻きの上から
鎧を着てコンツェの前に立つ。それは〝彼を全面的に拒絶する〟意思を向けること。互いの信頼が崩れかけている今。そんな姿で対峙して、戦地をともに踏めるはずがないのに。
鈍感と頭を小突かれても、阿呆だと言われてもいい。
責任を問うなら、自分だって逃れることはできない。本音を打ち明けられないまま、コンツェの気持ちが爆発してしまうまで、追い詰めてしまったのだから。
〝親しき貴方と我が国を繋ぐ〟
友に向けて剣を掲げ、玉座に誓った言葉は、偽りのない本心だ。
遠くに見える円舞台に、コンツェの姿が見える。組んだ手を枕に寝そべり、空を見ている様子だった。
目線を追って空を見上げて、フェイリットは息をもらす。
星粒の小さなまたたきが、濃紺の夜空に数え切れぬほど散らばっている。
「きれい」
口からこぼれた感嘆の言葉は、静かな庭園によく響いた。声を聞き留めたのだろう。コンツェがさっと身を起こす。
昼間、頭上高くまで
貯水池となった舞台の淵を前に、フェイリットは立った。
水のせせらぎに交じって、鈴虫の羽音が聴こえる。郷愁を起こす音色に、海の泡立つ音が重なっていく。
「ありがとう」
と、コンツェが嬉しそうに笑窪をつくる。
「来てくれたんだな」
随分待っていただろうに、彼の目は驚くほど静かだった。円舞台の
フェイリットは一瞬迷ってから、水に足を突っ込んだ。そのまま舞台の淵に腰を下ろして、コンツェに顔を向ける。
「遅れてごめんなさい」
「いや、ずっとここに居たわけじゃないんだ。ほら、」
コンツェが手の上の布包みを、そっと開く。布は、
「真珠?」
きっと真珠に似ているが、色が知っているものと違う。白いものを、赤く染めた品だろうか。顔を近づけると、染めたとは思えないほどの
「パスケルタリの卵、と言われてる。けど、本当は突然変異の真珠だ」
手巾のまま、コンツェはフェイリットの手に珠をのせた。
パスケルタリ。再び知らない単語を聞いて、フェイリットは首を捻る。両手の上の小さな珠を落としてしまわないように、慎重になりながらコンツェを見つめた。
「真珠は、貝がつくるのよね。じゃあ、パスケルタリも貝?」
「いや、海にいる小さな竜のことだ」
「竜?! ……あっ」
思わず珠を落としそうになって、フェイリットは慌てて両手を閉じる。恐る恐る覗き見て、息をつく。小さな珠は、まだ手の中に収まっていた。
「竜っていっても、このくらいの大きさだし、きっと擬態種なんだろう」
コンツェが小さく笑う。このくらい、と彼が示したのは、人差し指ひとつ分ほどの大きさだ。
「パスケルタリは謎が多すぎて、卵を産む姿を見た者がいない。赤い真珠ができるのも稀で、滅多に見つからないんだ。だから、いつのまにか稀少な赤真珠のことを、パスケルタリの卵と呼ぶようになった」
手の中の小さな珠と、コンツェの指を見比べる。この先に、彼がなにを言うつもりなのか、フェイリットは理解していた。
「全部聞いた。ギルウォールやアシュケナシシムから、おまえが人間じゃないって」
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