第6話 必ず迎えに行くよ。

 裏山で、穴を掘ることに夢中だった。今となっては、何がそんなに面白かったのかわからないけど、手に赤いシャベルを持って、出来るだけ大きな穴を掘ることに没頭し、自分が入れるぐらいの大きさにしようと意気込んでいた。変な子供だったなと思う。


 その日も青いシャベルを持った弟と穴を掘っていて、日が暮れ始めていることに気付くのが遅れた。

 「帰ろう」

 山の斜面を駆け下り林を抜ける。木の根につまずいた弟が派手に転んで泣いた。どんどん薄暗くなる空の下、私も一緒に泣きたい気分になる。


 手をつなぎ、無言で足を進める中、道の切れ目で視界に入ってきた生き物がいた。


 ペンギン?……まさか。


 近寄ってみると、鳥の子供だった。幅の広い黄色いくちばしを一文字に結び、気を付けの姿勢のように羽を固く閉じている。そのシルエットがペンギンのようだった。

 親鳥が近くにいるかもしれない。でももう暗くなってしまう。

 暗くなったら……本の中に出てくるお化けや妖怪などの怖いものはたいてい夜の中に住まいを持つ生き物だったことを思い出し、急に怖くなる。


 足がすくんで動けなくなる前に、小鳥を手の平にのせて連れて帰った。

「ぴよちゃん」と名付けたその小鳥は、最初は頑として口を開けてくれなかったけれど、何度か強制給餌をするうちに、お腹が空くと自分から「ごはんをちょうだい」と口を開けてくれるようになった。


 箱の中ですくすくと育ち、やがて止まり木にちょこんとつかまれるようになって、羽ばたきの練習を始める。

 部屋の窓から外の木に飛んで、また部屋に戻ってくることが出来るようになるまで、そう時間はかからなかった。


 もうすぐ巣立ちと言う日、学校へと向かう私の頭上を追って来るものがいる。ぴよちゃんだ。電線から電線に飛んで、後をついてくる。

「だめだよ、帰らないと」


 学校へ着くと、校内に飛び込んだぴよちゃんが、私と同じぐらいの背格好の女の子の周りを「ごはんをちょうだい」と飛び回る。女の子は、びっくりしてしゃがみ込み、泣き出してしまった。


「ぴよちゃん!」

 大変なことになったと思い私は青くなる。女の子を泣かせてしまった、羽や足があたって痛かったのかもしれない。

「ごめんね、大丈夫、ごめんね」と何度も謝った。


 その日、ぴよちゃんは保健室の中で預かってもらった。休み時間に見に行くと、箱の中で、ふかふかにしかれた新聞の間でじっとして待っている。

「あとで迎えに来るよ、必ず来るからね」

 そう言う私の声を、どんな風に聞いてくれていたのだろう。


 箱ごと持ち帰ったぴよちゃんは、ごはんを食べると窓から外へ飛んで行った。


 数日後の朝、私はぴよちゃんの声で目が覚める。

 窓を開けて「あ!」っと思わず声をあげた。数羽の仲間と一緒に木にとまっていたのだ。

 巣立ちの成功は、弟を寂しがらせたけど、私も同じぐらい寂しくて同じぐらい嬉しかった。



 裏山で穴を掘っている時、時折聞こえる鳥の声。

「ぴよちゃんかな」

「うん」


 青いシャベル。

 赤いシャベル。

 土の感触と木々の音。





 







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