第7話 赤いやつはいつも強いのだ。

 がらんとした教室の窓際に、いくつかの水槽が並んでいる。

 その中はうっすらと緑色の苔が生え、不透明になっているものもあった。

 何日か置きに、掃除をし水を取り替える。クラスで決めたわけではない、いつの間にか、私が係りのようなものになっていた。


 めだか、金魚、ゲンゴロウ、ザリガニなどがそれぞれ住まわされている。

 水を取り替えるのは、けっこう力がいる作業だったけれど、綺麗になっていく水槽を見るのは好きだった。


 そこで、1番の問題はザリガニだった。

 私はザリガニが好きだったし、釣りにも行ったし、その姿をカッコいいと思っていたけれど、あのハサミが怖かったのだ。

 掃除をするため、ザリガニを取り出したいのに、頭上に手をかざすとザリガニは、真っ赤なハサミを振り立ててその体をつかませまいとする。


 どの角度からそっと手を伸ばしても、ひょいひょいとハサミを向けられてしまう。

水槽のガラスを背にしたザリガニを、どうしても上手くつかむことが出来ない。

 ペンケースから持ち出した2本の鉛筆で挟んで出そうとしたことがある。大失敗だった。ザリガニを激怒させただけだったし、ハサミに捕まえられた鉛筆がへこんだ。


 水槽ごと傾けて、ザリガニをバケツに移そうとしたこともある。そしたら汚れた水も一緒に入ってしまい、余計時間がかかってしまった。

 掃除用の網は小さくて、彼の身体が全部入らない。


 そうだ、ハンカチ、と思いついた。

ポケットから出したハンカチを広げて、頭上でひらひらと振りながら近付ける。

ハサミを振り上げ怒ったザリガニが、両のハサミでがしっとハンカチを掴んだ。


やった!


釣りの要領で体を揺らさないよう持ち上げると、素早くバケツに移し替える。

 空になった水槽から、石と隠れ家を取り出して洗う。そして教室の軒下から、汲み置きしているバケツを運んで新しい水を汲み入れた。


 ふーっと息をつき、バケツからザリガニを戻す。綺麗になった水槽の中で、悠々としているように見える姿をみて、ホッとした。

 緩んだ気持ちで水槽を覗きこむと、黒い瞳と目が合った気がした。


 ザリガニのごつごつした身体。絵具で丁寧に塗ったような赤いハサミ。アンテナのように動くひげと瞳。あの頃の私にとって、ザリガニとは強いものの代表的存在だった気がする。


 今思うと、もっと方法はいくらでもあっただろうにと思って苦笑いしてしまう。

単純で鈍くて、ひとつのことしか目に入ってこない、幼い頃の自分。

あ、それは今もあまりかわらないんだった。


透明な水。

赤い背中。

窓際の光。



 

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