第5話 元気でをたぶん100回。

 雨上がりの空。

 まるい水滴をのせた緑の葉っぱたちが、いたるところでキラキラしていた。

 水分を含み、しっとりとした地面を小さな長靴が駆けていく。


 弟の背中と、ステップを踏んで進む長靴が楽し気で思わずその後を追った。

 「何してるの?」

 振り向いた弟が得意げな笑顔を振りまいて、肩から斜め掛けされたビニル製の水色ポーチの中を見せてくれた。


 私は、覗き込んで絶句する。

 なんて素敵なことを思いついたんだろう、ダンゴムシがいっぱいだ!


 半円型のポーチは、半分ほど丸いダンゴムシたちで埋まっていた。丸まっているもの、手足を伸ばしてもじもじしているもの、薄い壁を登ってくるもの。

 

「そこじゃ狭くてかわいそうだよ。みんなで遊べる公園をつくろう」


 弟がダンゴムシ集めをしている間、私は地面にダンゴムシの公園作りをする。

 石を並べ囲いを作り、木の枝でダンゴムシが一休みするためのベンチを作った。土を盛り形を整え、丘と滑り台を設置する。真ん中を四角くくりぬいて、小さな池も作った、魚に見立てた小さな葉っぱを浮かべたら完成。


 そこへ弟と一緒に、ポーチをさかさまにする。

 ザザーとダンゴムシが散らばる様子に、もうわくわくが最高潮。


「あ、ベンチでやすんでる」

「すべり台で遊んでるね」

 どれもこれも子供ならではの想像力に過ぎず、ダンゴムシ本人たちはそんなことひとつも思っていなかったに違いない。表情が見えたなら、みんな迷惑そうな顔をしていたのではないか、と大人になった今は思う。ごめんねダンゴムシ。

 一匹ぐらいは「ふうむ、なかなか快適じゃぁないか」と思ってくれたならいいんだけどな。


 しばらくして私たちは、ダンゴムシたちに向かって、そろそろお家に帰ろうねと声をかけた。そこでまた私は面倒なことを思いついてしまった。

 1匹1匹にさよならの挨拶をすること。どうしてこんなことばかり思いつくのか。本当に変な子供だっだなぁと思う。


 ともかく、それを2人でやってのけた。

 指先でつまんでは、顔に寄せて

「ばいばい、元気でね」

 1人50回、合わせて100回は言ったんじゃないか、という気がしている。



 私は、完璧な丸になれるダンゴムシが不思議で仕方がなかった。あんなに沢山ある足を一本も忘れずにしまえるなんて凄いなぁと思っていた。

 私の身体は、どんなに頑張っても不完全な丸しか作れなかったから。


 まるいものって、もうそれだけで可愛らしい気がする。

 まる、と言う形そのものも可愛いし、まる、と言う響きも可愛いと思う。

 まるだから、転がってしまうと言う性質も可愛い。


 まるっこい体の持ち主たち。

 雨上がりの光と土と葉の色。

 それはとてもキラキラしたもの。



 

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