第4話 その水の流れに願いを。

 ゴウゴウと流れる川面を眺めるのが好きだった。

 本流と支流が合流し、白波が立つ美しさに子供心を奪われる。

 息を吸い込む度に、水と緑の匂いに胸が満たされた。


 すべすべした石、白く変化した流木、何かの骨、水色の空き瓶、綺麗な色のボタン、水辺から持ち帰るそれら全てが私と弟の宝ものになった。

 川へいく時はいつも1人だった。

 子供ながら、あの水の流れには抗えない危険な一面を感じ取っていたのかもしれない。

 一緒に行きたいと泣く弟を、置いてくるたび悲しい気持ちになったけれど、そうすることが正しいとも思っていた。


 自分の背丈を越える岩によじ登り、膝を抱え川面を眺めていると、ふと何かが水に落ちる音が聞こえた。軽い物ではない、ある程度重さのある何か。

 岩の上に立ち背伸びをする。上流にかかる橋の上に、走り去る車の赤いテールランプが見えた。


 何かが投げ落とされたのだ。


 岩から飛び降りると上流へと駆け出した。音の正体を確かめなければ。そのことで胸の中がいっぱいになる。

 荒い足場を進むと、比較的緩やかな流れの水の上を、浮き沈みしながら白いビニル袋がゆっくりと回転しながらこちらへ向かって来るのが見えた。

その時、水の流れの合間を縫って、かすかに届いたのは確かに声。


「きゅう……」


 手を伸ばす、けれどこの距離では届かない。支流と言っても簡単に渡れるような幅と深さではないことを知っている。飛び込んではだめだ。

 岩を飛び越え駆ける足を止めないまま、周囲へ視線を走らせた。何か、何か、長い物はない?……あった!

 色が抜け、横倒しになった太い竹を見付け手に取った。なのに持ち上げることが出来ない、根の一部とまだ繋がっているのだ。

 焦る気持ちで力任せに引っ張ると乾いた音と共に抜けて、私はその勢いで石の上にひっくり返る。


 したたかに打った背中を痛いと言っている間はなかった、今にも沈みそうな白いビニル袋が横を通り過ぎていく。飛び起きて竹を伸ばすも届かない、何より竹の重さに両の腕が言うことを聞いてくれない。

 心臓は跳ね上がり泣きそうだった。


 よたよたと駆け出して、なんとか先回りをして竹を流れの上に差し出した。長さは足りているのに、袋を拾い上げることが出来ずまた走る。このままでは本流に合流してしまう、そうなったらもうあの声の主には決して手が届かない。

 慎重に慎重に先を伸ばす。これが本当の最後、お願い。


 かかった!

 先端にかかった袋を落とさないよう、斜め上に持ち上げながら袋を手繰り寄せる。ある種の予感と共にビニル袋を破ると、まだ目の開いていない子犬たちが。

動いている子はいなかった。


 服を脱ぎ子犬を包んで抱え込む。びしゃびしゃになった靴をひきずるように走った。途中、口の中に広がる血液の味を感じる、転んだ時、どこか切ったのかもしれない。


 部屋に駆け込み、こたつのスイッチを入れ上半身ごと滑り込む。弟にタオルを持ってきてもらい、五つの小さな身体を拭いて温めた。がんばれがんばれ。

 濡れそぼった毛が渇くと、徐々に体温が戻ってくる。動いた!


「きゅう」

「きゅうぅぅ」


 次々に聞こえてきた小さな声、全員の無事を確認する。


 子犬たちの命の声。

 弟の安堵のため息。

 ありがとう。あの時、私を助けてくれた全てのことにありがとうなのです。




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