罪の星

@suzunoyume

第1話 人形

「お前は処刑された」

 そう言われてもう何年がたったのだろう。

 彼女はふと思い出し、ただひたすら歩いていた。

 目の前には広大な砂漠が広がり、ところどころ白い四角い建物が砂の中から頭を出しているが、その中に人影はなく、また建物の中も何一つ物がない。

 その中を彼女は当てもなく、ただ太陽が照り付ける砂漠を滑らないように踏みしめながら歩き続けていた。

 彼女の顔にはつらいという表情も何もなく、ただ遠くを見るような眼をしていた。


 歩いていると、小さな人形が落ちていた。

 手のひらほどの大きさで、かなり汚れていてぼろぼろだが、かわいらしい見た目をしている。

 彼女はこれに見覚えがあった。子供のころに見たアニメのキャラクターだ。


 しゃがんで拾い上げてみると、人形の下に赤いしずくが一滴落ちていた。

 彼女は人差し指にそのしずくを付け舐めてみた。

 口の中に鉄のような苦い味が広がる。


「血……」


 彼女は人形を手に取りながら立ち上がり周りを見渡した。

 すると左手にある小高い砂の山の頂上にも小さな影が見えた。


 影のもとに歩いて向かってみると同じ人形の色違いが落ちていて、その周りには先程より多くの血の跡が散乱している。

 そして、今度はその人形にも血がついていた。

 その血はまだ新しいようで人形から滴り落ちている。

 

 彼女は人形を拾い上げ、先ほどの人形と一緒に手首に結び付けてあった薄汚れた布の袋に入れた。

 そしてもう1度あたりを見渡すと小さな人形のような物体が一方向に点々と落ちているのが見えた。

 奥に行くほど人形の周りが赤く湿っているのが確認できる。


 彼女は人形を拾い集めながらその跡をたどった。


 また1つ、また1つと人形を拾い集めていく。

 そして血の量も尋常じゃないほど増えて周りに散らばってきて、23体目を拾ったときには黒い肉片のようなものまで落ちていた。

 

 26体目を拾い、27体目があるであろう方向に目を向け探した。

 すると、少し先の坂の麓になにかあるのを見つけた。

 近づいてみると、そこには人形でないものが落ちていた。

 

 人ほどの大きさのある黒い肉の塊である。

 

 彼女はそばまで近寄ってみた。

 近づくにつれ異臭が漂う。

 彼女は少し不快な表情をし、鼻を袖で押さえながらその物体の元まで歩いて近づいた。


 すぐそばに近づくと塊の様子がよく分かった。どうやら人であるようだ。

 体中刃物で切り裂かれた傷がついており、そこからは血が流れだしている。

 血が固まっていないことからするとこうなったのがごく最近と伺える。

 服は血でべっとりと濡れていて、普通であればとても触る気にはなれないほどであった。

 また、腹部からは内臓のようなものが見える。首も切り裂かれており胴体から離れそうであった。

  

 その人のようなものの周りに、今まで拾ってきた人形と同じ形のものが何十体も落ちていた。

 中には作りかけのような人形まである。

 

 この人はどう見ても生きていそうにはない。

 この光景を見れば普通の人間なら卒倒してしまうであろう。

 そうでなくても人が死んでいるという悲しみが襲うのが普通である。


 しかし、彼女はその光景を見て、うらやましいという感情が湧き出た。

 この人は死ぬことができたんだ。誰にもできないことをできたんだ。

 彼女は無表情ながらもどこか希望に満ちていた。


 しかしすぐにその表情は消えた。


 肉片をよく見るとぴくぴくと動いている。隣り合った肉片はゆっくりとつながりあっているように見える。

 流れ出た血は固まらず、肉片が吸い取っているようだ。

 そして口と思わしき部分を見ると、かすかだが息をしているように感じられた。

 

 彼女はそれを見て落胆し肩をがっくりと落とした。


「また死を見つけられなかった」

 

 そうつぶやき、しばらく考えたのち、彼女はしゃがみ、目の前の人の体を物色し始めた。

 カバンなどのものは見えなかった。この人が事前に処分したか誰かに売ったのだろう。

 厚手の服は血で濡れてとても着れそうにない。それに切り刻んだ跡があるから乾かしても着れないだろうと判断した。

 体を裏返すと袋を見つけた。

 巾着袋であろうか、それほど大きくない、むしろ小さいと呼べるほどの大きさで、かなり汚れていた。

 中には裁縫道具が入っている。使い込まれているようだがまだ壊れてはいなさそうだ。

 

 彼女はそれを取ると自分が背負っている砂埃で汚れたリュックに詰め込んだ。

 リュック自体は旅人向けではない製品なのでそれほど大きくはない。

 しかし入っている物の量は少なく、これくらいの大きさの巾着袋程度なら入れることは容易であった。


 非道のように思えるだろうが、これがこの世界で生活していく方法なのである。


 そして、立ち上がりその場を立ち去ろうとしたとき、手に持っている自分が拾ってきた人形の入っている袋に目を向けた。

 袋は人形で溢れていた。

 この人形はもし街が見つけられたらそこで売ろうと彼女は思っている。

 しかし、彼女はその人形を見ると、この人からものを奪ったという罪悪感を感じた。

 この世界を旅していくためにはしょうがない。彼女は毎回そう考えているのだが、それでも心の奥底で残っている優しさというものが邪魔をしてしまう。

 しばらくそのまま立ち止まり悩んだ。

 そして振り返り人の塊に再び近づいた。


「せめて、これくらいは元の人へ返さなきゃ」


 彼女は袋から26体の人形を地面の砂の上に取り出し、散らばる人形の中に均等になるよう並べた。


「これでこの人から許されるとは思わないけれど……ごめんなさい」


 そして人形の入っていた袋の紐を手首に結びなおし、立ち上がると、人形が落ちていたルートの延長線上を向いて歩きだした。

 


 彼女はまた何も考えず、何も話さず、ただ歩くことを続けるのであった。

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