エピローグ
やっと終わった。今日一日、というか今夜は、あまりにも色々なことがあり過ぎた。全 てが非現実的過ぎて、今でも夢だったのではないかと疑ってしまう。謎の化け物には出会 うし、魔法なんていう科学と対局に存在するものを目にしたし、頭のおかしな美人と筋肉 マッチョと共闘するハメになるし、化け物にぶっ飛ばされるし、体には魔力を流し込まれ るし。俺に謎の力が溢れてきた原因は、おそらく俺に生きる目的ができたからだ。一時的 とは言え、二人を守りたいという強い目的ができたことによる力だろう。そこにチョメの 魔力が俺の中に転移してきたことにより先程の爆発的な強さに繋がった、と。にしても、 俺強すぎるだろ。生きる目的持っただけでどんだけ強くなってんだよ。なんか性格も激変 してクールになってたし。これが流行りのおれつえーってやつなのか。それとも俺は新手 のミュータントだったのか。まぁなんにせよ、目的を遂行した以上、いつもの腑抜けに後 戻りだ。それでも、死んでしまおうという気持ちが消えただけでもよかったのかもしれない。明日からまたハゲ上司に頭を下げる日々に戻ると思うと憂鬱で俺の頭も禿げそうで仕方ないが、それでも耐えて生きていくしかないのだろう。とりあえず今は家に帰って寝たい。だがその前に、倒れている二人を手当てするのが先だろう。
「チョメ、傷の方は大丈夫か?プリ子もの方も」
「プリ子は使い魔だからすぐに回復するわ。ほら、もう治ってきてる。」
言われてみればプリ子は先程負った痛々しい怪我の数々はほとんど消え去り、いつもの筋肉ダルマに戻っていた。使い魔すげぇ。
「でも私は普通の人間だからプリ子のようにすぐに回復とはいかないわ。」
「なら俺の家が近くにあるから家で手当てするぞ。話したいこともあるしな。」
「いいの?それじゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらうわ。」
ということで、チョメの手当てをするために俺の家へ移動してきた。
「あなた、いいマンションに住んでいるのね。」
「ああ。独り身だし、趣味も特になく働くだけの毎日だったからな。金は貯まり続ける 一方だよ」
「そう、なの...。」
気のせいかな。空気が重くなった気がするぞ。気のせいだよね。 家の中に入り、手早くチョメの手当てを済ませた。これでようやく落ち着いて話ができる。
「色々あり過ぎたけど、あんた達には命を救ってもらったよ。本当に感謝している、あり がとう。」
自分でもびっくりするくらい自然とお礼の言葉が出てきた。よかった、俺はどうしようもな い非人間ではあるが、お礼くらいは言えるやつらしい。
「いえ、こちらこそあなたに命を救われたわ。あなたがいなければ、あなたがあの化け物を 倒してくれなければ私たちはきっと死んでいたわ。だから、本当にありがとう。」
彼女はそう言って、俺に微笑えみをみせた。出会って数時間しか経っていないが、彼女の真顔以外の表情を見るのはその時が初めてだった。彼女の微笑んだ顔は美しい、というよりも可愛らしく、まぁ素直に言えば、ものすごい破壊力を含んでいた。これがほんとの微笑みの爆弾ってか。笑えよ。
プリ子はというと、相変わらずの無表情一徹で静かにこちらを見つめているだけだった がなんとなく、その顔は出会った時よりもほんの少しだけ穏やかになったような気がした。
「それで、あんた本当の名前はなんて言うんだよ。まさかあれが本名なわけじゃないだ ろ?」
「えっ?なぜバレたの?あなたもしかして天才なの?それとも超能力者?一体何者な の?」
「あんなアホな偽名でバレないわけないだろ。」
やはり彼女はどこか狂っていた。なんでバレないと思ったんだよ。 彼女は、自身の絶望的ネーミングセンスが分かっていないようで、本気で頭を抱えていた。 その様子がなんだか可笑しく思えて、また同時に可愛らしくもあった。
先程まで頭を抱えていたチョメはおもむろに俺の方を向き直し、すっかりお馴染みとな った無表情で俺に本当の名前を教えてくれた。
「私の本当の名前は那須野 雅というの。見た目と同じで美しい名前でしょう?名は体を表すという言葉はまさに私のためにあるのだと思うの。」
自分で美しいとか言っちゃうのか。どんだけ自分大好きなんだこいつ。いや、確かに綺麗な名前ではあると思うが。
「それで、あなたの名前は?」
チョメ改め那須野が俺に尋ねてきた。そういえば、あの時言い損なってから名乗っていな かったな。なら名乗っておくか。
「俺の名前は立花 博雅だ。別に大して珍しくもなんともない名前さ。」
「とてもいい名前ね。私ほどではないにしても、中々綺麗な名前をしているわ。それに、 私と同じ雅という字も入っているようだし。」
言われてみればそうだ。読みこそ違うが同じ漢字が入ってはいる。まぁだからどうしたって話なんだが。それでもなんとなく嬉しいような照れ臭いようななんとも言えない妙な感 覚に包まれる。ちなみにプリ子はプリ子のままだそうだ。
遅すぎる自己紹介が済んだところでチョメ、ではなく那須野が俺にとんでもないことを尋ねてきた。
「命を救ってもらったうえにこんなことを頼むのはすごく申し訳ないのだけれど、しばらくここに住まわせてもらうわけにはいかないかしら?」
もちろん喜んで。と即答したいところだが、口から出る既の所で踏みとどまった。落ち着け、まだあわてるような時間じゃない。ここは冷静に、クールに対処するのだ。
「部屋はいくつか空いてるし、別に構わないが。全然まったく構わないが。いつまでもい てもらって構わないが。でも急にどうしたんだ?」
「あなたに魔力を転移してしまったから、今の私の中の魔力はゼロに等しい状態なの。そ うなると消えてしまう可能性があるから私が魔力を回復するまで私の魔力を保持している あなたのそばで魔力のパスをつないで消滅を防ぐ必要があるの。」
なるほど?なんとなく言ってることは理解した。要約すると俺の側にいないと消滅して しまうから家に住まわせて、ということか。なんという僥倖。いや、これはもはや偶然などではなく運命と言っても過言でないのでは。名前に同じ漢字が入っていたこともあるし。
俺のような非人間がこんな美人と一つ屋根の下というおいしい思いをしてよいのだろう か。思い返せばこれは残業で帰りが遅くなったことで発生した出来事であり、俺に残業を押 し付けたハゲ上司のおかげということじゃないか。ありがとうハゲ上司。初めてあんたに感謝するよ。
「なるほど。そういうことなら喜んで。部屋はどこでも好きな部屋を使ってくれていいぞ。 それじゃあ、これからしばらくよろしくな。」
「ええ、それじゃあプリ子をよろしくね。」
「ん?」
Why?プリ子をよろしくね?なぜいまプリ子が出てきた?今は俺と那須野のこれから始まる燃えるようなアバンチュールについての話だったはずだ。なぜそこに筋肉が入ってく る。お前は島でドンパチしていればいいのだ、入ってくるな。
俺がわけが分からずに佇んでいると、那須野があまりにも無慈悲な一言を告げた。
「ええ、私の魔力が回復するまで、プリ子が消滅しないようにできるだけそばにいてあげ て頂戴。それじゃあ私は家に帰るわ、また様子を見にくるから。」
絶望した。消滅するのは那須野ではなくプリ子のことだったらしい。確かに那須野は自分が消えるとは一言も言わなかったけれど。勝手に早とちりした俺が悪いのだけれど。そんなのってあんまりじゃない…。それじゃあ俺はこれからしばらくこのガチムチと一 つ屋根の下で暮らしていくわけか。やっぱり樹海いくか。今からでも遅くはないはずだ。そうだ、樹海行こう。
と俺が死の決意を固めた時だった。ドアを開けて帰ろうとしていた那須野が去り際に
「またね、博雅。カッコよかったわ。」
と言って去っていった。その時の彼女の笑顔を、俺は二度と忘れることはないだろう。
何の目的なく生きてきた俺だが、また彼女の笑顔を拝むのを目的に、もう少しだけ生きてみるのも悪くはないのかもしれない。
一夜の共闘resonance 上村アンダーソン @Sananomisoni
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