第6話

 プリ子が時間を稼いでくれている間に魔力転移を済ませなければならない。あいつの勇 姿と覚悟を無駄にするわけにはいかない。


「それじゃあ魔力転移を説明するわ。魔力転移はお互いの手のひらを合わせて転移させ るの。それほど難しい技ではないけれど、高い集中力を持続させる必要があるわ。さぁ、右 腕をかざして頂戴。」

「アッハイ...。」


 キスじゃなかったのか...。いや、確かに誰もキスだなんて一言も言わなかったけど。俺が 勝手に妄想してただけだけど。

 ま、まぁ別に全然まったく少しもちっともこれっぽっちも残念じゃないけれど。むしろ手 のひらなら素早く済んでいいし。全然気にしてねーし、マジで。


「あなたは自分の右腕にのみ集中力を集めて。それ以外はなにも必要ないわ。これがあの 化け物を倒す最後の切り札よ。集中して。」


 そうだ。キスがどうこう言っている場合ではなかった。俺は右腕に集中しなければいけな いのだ。かつてないほど心臓の鼓動が早くなっている。こんなに緊張したことはあっただろうか。

 チョメと俺の手のひらが重なる。チョメの手のひらはひんやりとしていて心地よく、緊張 しまくりの俺にほんの少し安らぎを与えてくれた。


「じゃあ始めるわ。あ、言い忘れてたけど魔力転移は失敗するとお互い死ぬわ。」 「は?」


 今の俺は殺意の波動に目覚めそうだよ。なんで最重要事項を忘れてたんだよ。さっきそれほど難しくないとか言ってたけど、どこがだよ。最高難易度じゃねぇか。むしろそのまま忘却の彼方においてきてほしかったよ。

 俺もチョメも無言になり、魔力の転移が始まった。俺は右腕に集中し続けているが、特になにも感じない。すでに魔力が流れてきているのか、それともまだなのか。それも分からない。もどかしいが、俺にできるのは右腕に集中力を送ることのみだ。

 転移を初めて 3 分ほど経った時、右腕にピリピリと痺れるような、くすぐったいような 感覚を感じた。おそらく魔力が流れてきているのだ。チョメは変わらずに続けているが、額に汗が浮かんでおり、かつてないほどの真剣な顔つきになっている。きっと俺よりも難しいことをしているはずだ。この子とプリ子を死なせたくない、と思う。いや、死なせるわけにはいかない。まだ出会って間もないが、二人には命を救ってもらった。この二人は少し、いやかなりバカで無鉄砲でイカれたやつらではあるが、嫌いじゃない。こいつらを助けるまで は死ねない。俺は魔力を受け取ってこいつらを助けてみせる。


 決意を新たにした時だった。俺の中に何か不思議な感覚が芽生えた。この感覚はなんだ。 熱い。すごく熱い。だが、痛くも苦しくもなく、心地いい。熱いのに怒りでもなく、憎しみでもない謎の高揚感。手が、足が、全身が震える。全身から力が溢れる。この感覚が、これが魔力なのか。いや、魔力だけじゃないはずだ。この内側から感じる熱い思いはなんだ。溢れ出るエネルギーはなんなんだ。いや、これが何かなんて今はどうでもいい。今の俺なら、 確実にあの化け物に勝てる。この力ならチョメとプリ子を守れる。


「チョメ、お前の魔力受け取ったよ。ありがとう。」

「え、ええ。どういたしまして。それより早く、プリ子を」

「ああ、任せろ。」


 俺はチョメの持っていた剣を一本受け取り、プリ子の元に走った。

 プリ子は満身創痍だった。全身はボロボロで、血だらけだった。だが、地面に倒れることはなく、俺たちを、仲間を化け物から見事に守り抜いたのだ。プリ子はやはり使い魔なんていうちゃちな枠に収まるやつじゃない。正真正銘の守護神だ。


「プリ子、よく俺たちを守ってくれた。今度は俺が守る番だ。」


 プリ子は俺を見ると、安心したようにその場に倒れこんだ。 終わらせてやる。目の前にいるこのふざけた化け物をサクッとぶっ飛ばして帰って寝る。


「いくぞ化け物、一太刀でケリつけてやる。」


 化け物の自慢のドス黑い腕槍が一⻫にこちらに向かって襲いかかってくる。その腕の動 きは、以前の俺なら見切れなかっただろう。その速さは、以前の俺なら躱せなかっただろう。 だが今の俺には、スローどころか止まって見えるほど遅い。

 槍腕をひらりひらりと、ダンスのように軽い足取りで躱し、剣を構え斬るべき箇所を見極 める。その動作はあまりに優雅で、まるで子供と遊んでいるかのような軽やかさだった。


「こいつで終わりだ!」


 化け物の胴体に、縦に一太刀浴びせる。その太刀筋は神速のごとく速く、鋭く、そして 軽やかに化け物の胴体を真っ二つに斬り裂いた。斬り裂かれた化け物は何が起きたのか 理解することも、奇声を発することもなく、ただ静かに冬の寒空に霧散して消えていった。


 こうして、あまりに⻑く濃密な時間は幕を閉じ、死闘の一夜は明けていくのだった。

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