第15話 正しいゾンビ対応講座
最終的に会議室には三十人ほどが集まった。
講座の主催は、この駅を活動の中心とするトランス支援センターという機関らしい。
「僕のじいちゃんも地元の支援センターの人にお世話になってます」
赤堀がこそこそと言った。
そういえば――と、おれは過去のやり取りを思い出す。共に身内がゾンビかもしれないという事を打ち明けたあの時に、赤堀は支援センターの専門家が担当になったと話していた。
指定の時間になると、まずは支援センターのあいさつからはじまった。トランス支援センターは全国各地の中学校区に一つの割合で設置され、担当エリアからあがる――主に慢性型のゾンビトランス問題に対応しているそうだ。職員は三人構成で、保健師、社会福祉士、精神保健福祉士の専門職がその業務にあたっているという。どれも聞き慣れない専門職名だ。
会議室の壇上にいる三人は、三人ともみな五十歳を過ぎたくらいの中年女性だった。少しだけかしこまった私服で、その中で保健師と名乗った女性がマイクを持ち、冒頭に区切りをつける。
「今後なにかありましたら、いつでもご連絡ください」
一礼をして、彼女たちは会議室の隅に下がっていく。
簡潔だが曖昧な挨拶だったので、おれの頭に疑問が残る――それは“おれも支援センターに相談するべきなのか?”というものだ。とはいえ、先に鈴城から聞かれた時に答えたように、特に誰かから助けてもらう必要がある状況かというとそれはそうでもない。“今後どういう時に相談すべきなのか?”という疑問の持ち方が、おれにとっては正しそうだ。
「おじいさんを病院に連れて行ってもらったんだっけ?」おれは赤堀に聞いてみた。
しかし彼はかぶりを振る。
「支援センターの人たちは病院に連れて行ってくれないですよ。病院は、家族による強制連行でした」
「じゃあ結局、何をする人たちなんだ?」
赤堀は両手を組んで首を傾げながら、記憶を探るようにゆっくりとした口調で言う。
「うちの場合は、プラザサービスっていう……
「うーん。そうか」
行政的な手続きをしてくれる機関ということだろうか。
それにしても――おれは自分自身がここまで、その支援センターについて全く知らなかった事に驚いていた。
ゾンビと全く無関係な生活をしていたならまだしも、実際に母がトランスを起こし、医療にもかかり、半年以上も母の状態に左右される日々を送っているのだ。ゾンビ関連のニュースも毎日追っていた。それでも、今日ここで初耳なのだ。
悲劇的な報道よりも、もっと別のことを取り上げるべきなのではないだろうか――などと不毛な不満が胸の中で生じてくる。その不満がおれの心の中でざわざわと不穏な渦巻きを形成しようとしていたが、会議室の壇上では鈴城がマイクを握っていることに気付いた。「改めて見ると、本当にちえみですね」赤堀の呟きが聞こえる。
鈴城の真面目な口調が、会議室に備え付けのスピーカーから発せられる。
「十年前、私たちはゾンビ禍を経験しました。多くの人が家族や大切な人を亡くし、文化や経済も失われました。今はその過酷な時代を乗り越え、日本は2010年代頃の文化・生活水準にまで回復しています。しかし、まだ災禍は終わっていません。現在、日本人口の約七パーセントの人がオウウィルスに感染し、慢性ゾンビ症やその
鈴城が身体を数歩下げると、正面のホワイトボードにプロジェクターの光が投射される。そこに表示されたスライドは、七パーセントという数字がいかに身近であるかを証明するためのもので――“佐藤・鈴木・渡辺・田中・高橋”という、日本人のトップ五の苗字が並べられている。鈴城の話によると、この五つの苗字の割合の合計値が日本人口のおよそ七パーセントであるという。
「この苗字を見て思い浮かぶ友人や知り合いの方が、みなさんにはきっといらっしゃると思います。実際にこの苗字の方はこの会場にはいらっしゃいますか?」鈴城が手を挙げるジェスチャーをした。つられたように、何人かが遠慮がちに手を挙げる。「七パーセントという割合はそれだけ身近な数値である――ということをまずは知っていただきたいと思います」
マイクのバトンが今度は別の中年女性に手渡される。控えめな薄化粧にパーマが巻かれた金色のショートヘアが特徴的な六十代ほどの女性だった。彼女も鈴城と同じく民生委員であると自己紹介がある。
「オウウィルスの感染によって多くの方が悩まされているのが、トランスです。ご存知のとおり、オウウィルスはあらゆる経路を通じて私たちの体内に潜伏します。呼吸をしたり食事をしたりするだけでもオウウィルスは体内に入ってきます。そしてその流入が急激であれば急性ゾンビ症に、緩やかであったり、身体の内部でゆっくり増殖したのであれば慢性ゾンビ症のリスクになってきます。ただしいずれにせよ、オウウィルスへの対処は
再びプロジェクターが起動し、分類表が細かく表示された。
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