最終話 竜の花嫁

 翌日、晴天の下、剣を手に向かい合うガルフとワイン。剣と言っても刃は潰してあるので切れはしないが殴られれば鉄の棒で殴られるのと同じ。骨の一本や二本は折れるかもしれない。もっとも二人共無茶はしないだろうが、見守るティアとメアリーは心配な顔。それに対しギャラリー達はガーデンパーティーさながらグラスを手に盛り上がっている。昨日の二次会に出席していた若い者に混じり、デュークとジェラルド、そしてコルドの顔も見える。ガルフが見に来る様、声をかけたのだった。ワインが試練を乗り越えられたら正式に発表させるつもりなのだろうか?

「じゃあ、始めようか。料理が無くなる前に終わらせよう」

 ガルフはギャラリーの後ろのテーブルに目をやり、剣を構えた。

「そうですね、とっとと終わらせてパーティーと洒落込みましょうよ」

 テーブルの上の料理をチラ見して、ワインも剣を構える。二人共妙に料理に拘るのは余裕を見せているつもりなのだろう。 

「ガルフ、早く終わらせないとお前の好きなローストチキンは全部食っちまうぞ!」

 コルドがフォークを手にヤジを飛ばす。

「ワイン、バードリバー名物の串焼き、無くなっちまうぞ!」

『バードリバー名物の串焼き』五十センチはあろうかという長い金串に鳥肉と野菜を交互に差して直火で焼いた、言ってみれば大きなネギま、あるいはシュラスコの様な料理で、ジェラルドはこれを気に入ったらしく、早くも一本目の串を食べ終え二本目の串を振り回しながら楽しそうに言う。

 二人の王は呑気そのもの。無理も無い。二人はただ『来てくれ』と言われただけで、この立会いに秘められた意味を聞かされていないのだ。

「ジェラルド様、その串を投げ入れて下さいますか。串が地面に落ちた瞬間から勝負です」

 ガルフが頼むと、ジェラルドは何も刺さっていない一本目の串を手に取ると二人の間に投げ入れた。金串はくるくる回りながら弧を描き、ガルフとワインの間の地面に突き刺さった。それと同時に二人は踏み込み、壮絶な打ち合いが始まった。

「やれやれ! ワイン君、義理の兄貴なんざぶっ倒しちまえ!」

「ガルフ君、義理の弟に負ける様ではティアを任せられんぞ!」

 完全に見物人気分の二人の王はなぜだか自分の息子を応援するつもりは全く無い様だ。


 二人の実力は拮抗している様で、お互い一歩も引かない打ち合いが続く。

「ワイン、なかなかやるじゃないか」

「義兄さんこそその剣さばき、風使いとは思えませんね」

 鍔迫り合いとなり、言葉を交わす二人。するとガルフが悪い顔になって言った。

「じゃあ、そろそろ奥の手出させてもらおうかな~」

 ガルフの言う『奥の手』もちろん風の力である。ワインは一歩下がって身構えるが、局地的な突風にあえなく吹き飛ばされてしまった。そこに風の力を使ってガルフが突っ込んで来る。さすがに無防備なワインに思い切り剣を振り下ろす事はせず、ガルフはワインの頭を刀身で軽く叩いた。

「はい、これで一回死んだ」

「まだです、もう一本!」

 ワインは諦めず、もう一度剣を構える。

「ほう、上等だ」

 口元に笑みを浮かべたガルフは、すうっと宙に浮かんだ。そこから一気に距離を詰めた。このまま切先から突っ込めば、ワインを串刺しに出来そうなものだったが、ガルフは見得を切るかの如く大きく剣を振り上げた。これは果し合いでも殺し合いでも無いのだ。「上からの斬撃ですよ」と解り易く伝えた上で思いっきり剣を振り下ろす。これで受けるとか躱すとか出来ない者に剣を持つ資格など無い。


 ガキン!


 激しく鉄と鉄がぶつかる音が響いた。

「義兄さん、こんなのが受けられない様じゃ男じゃないっすよ」

「誰が義兄さんだ、まだメアリーと一緒になれるって決まったワケじゃ無ぇ!……って、そっか、お前ティアの弟だから、俺ってお前の義兄なんだよな」

 軽口を叩くワインにボケをかますガルフ。二人は痺れる手に力を込め、そのまま両者はまた拮抗する。

「やっぱ剣だけだったら互角ってトコだな」

 ガルフはまた風の力を使ってワインを吹き飛ばし、体制が崩れたところを狙って喉元に剣を突きつける。

「ほら、これで二回死んだ」


 ワインは何度も剣を振り上げ立ち向かうが、風の力を駆使して戦うガルフに為す術も無かった。吹き飛ばされては頭を叩かれ、吹き飛ばされては胴を討たれ、吹き飛ばされては喉元に剣を突き付けられ……とボロボロにされていった。

「おいガルフ、お前だけ風の力使うのはズルいんじゃないか」

 コルドが口を出すが、ジェラルドは涼しい顔で言う。

「ガルフ君、いいぞ、その調子でやっちまえ! ワインどうした、だらしないぞ!」

 ワインは無責任な父の言葉に毒づきながら立ち上がった。

「うっせぇな、今日は竜の力は使わないんだよ。そういう取り決めなんだよ」

 ワインの言葉はジェラルドには届かなかったが、ガルフには届いた様だ。

「良い根性してるじゃないか。だが、根性だけではなぁ……」

 ガルフは悪役の様な言葉を吐くと、風の力で宙に舞った。また上空から突っ込むつもりなのだろう。

「残念だが、それじゃ不合格だ!」

 剣を振り上げた瞬間、メアリーが叫んだ。

「ワイン!」

 メアリーの声と同時にガルフが吹き飛ばされたかと思うと、テーブルから無数のフォークやナイフ、そして開始の合図となった金串までがガルフに向かって猛烈な速度で飛び、彼を壁に磔にした。

 身動きが取れなくなったガルフを見てコルドが大笑いしながら手を叩く。

「さすがはメアリー、母さんそっくりだ! 見事見事!」

 自分の息子が危機に陥ったというのに娘の凄技に大喜びするコルド。するとメアリーが勝ち誇った顔で言った。

「これは私達の試練なんでしょ? だったら私が手を出しても問題無いわよね」

 ガルフの顔が蒼ざめる。まさかメアリーがこれほどの使い手とは。ドラゴニアで父から聞いた母の恐ろしさを思い出し、ぞっとしながら磔状態から逃れようとじたばたしてみるが、ナイフやフォークは壁に深々と突き刺さり、抜ける気配が全く無い。

「さあワイン、やっちゃってちょうだい! あ、お兄ちゃん、一応言っとくけど、ワインは竜の力を使って無いからね」

 メアリーが風の力を使ったが、ワインは竜の力は使っていない。だからガルフとの取り決めは破られていないというのが彼女の言い分だった。『やっちゃって』と言われたワインがガルフにゆっくりと迫る。

「こりゃ一本取られちゃったかな……」

 動けないガルフは負けを覚悟した。ワインはガルフの目の前まで来ると、何を思ったか剣を置き、フォークやナイフを壁から抜いてガルフを自由にすると剣を取り、構え直した。

「すみません、邪魔が入ってしまいました。さあ、仕切り直しです」

 ワインの言葉を聞き、ガルフは満足そうに笑った。

「六十点。ギリギリ合格だ」

「六十点? ギリギリ合格?」

 わけがわからずキョトンとしながらワインがオウム返しで聞くとガルフは惜しそうな顔で付け加えた。

「あのまま俺を倒していたら八十点……取り決めを破って竜の力を借りて俺を倒したなら八十五点ってとこだったんだけどね」

 益々わけがわからないといった顔のワインにガルフは説明した。

「つまり、どんな手を使ってでもメアリーを守って欲しいという事だ。たとえ自分が卑怯者の汚名を被ることになっても。あるいはバードリバーの民の前で竜の姿になってでもな」

 それはガルフの兄としての素直な気持ちだった。

「俺は最初っから反対はしないって言ってただろ? お前が諦めない限り合格は決まってたんだ。メアリーの事、頼んだぜ」

 あの甘かったガルフがそんな事を言うとは、驚くデュークだったが、メアリーの為に竜の逆鱗を手に入れようと単身でドラゴニアに乗り込んで来たことを思い出し、くすっと笑った。

「妹君の事になると相変わらず無茶を仰る人ですね」

 そんなデュークに気付いたのか、ガルフは初めてドラゴニアを訪れた時の事を語り出した。ティアに無茶だと言われたこと、そしてデュークに将来王の座に着く者として大切な事を教えてもらったことを。

「私はそこまでキツい事は言ってませんけどね。ともかく、これからはメアリー様の事はワイン様にお任せして、ガルフ様はティア様をよろしくお願いしますよ」

 ドラゴニアの騎士として『どんな手を使ってでも』と言う点に抵抗があったのだろう、デュークは苦笑した。

「さあ、父上殿に報告だ!」

 ガルフはワインと肩を組み、二人の王の下に進んだ。


「父上、私はバードリバーの人間であるメアリー・ウェンガーを妻に迎えたいと思い……」

 ワインは「思いますが……」と弱気な発言をしそうになったところで口を止め、メアリーをちらっと見た。メアリーの眼差しは何の迷いも無くまっすぐにジェラルドに向けられている。

ここで決めなければ男では無いとワインは唾を飲み込んで力強く断言した。

「メアリーと結婚すると決めました」

 竜の国の王となる男が人間の女と結婚することなど許されるのか? もし、ダメだと言われたら王の座を捨ててでも……という覚悟の上での力強い言葉。ジェラルドの答えは…… 

「そうか、ティアに続いてめでたい話だな。だが、お前はまだ若い。式はもう少し立派になってからだな」

 ジェラルドはその話をあっさり受け入れた。自分の覚悟はいったい何だったんだ? という顔のワインにジェラルドは言った。

「ワイン、実はドラゴニア王妃って、意外と人間の女性が多かったりするのだぞ」

「はあっ!?」

 思いっきりコケそうになるワイン。ジェラルドによると人間が作った『悪い竜が人間の女性を攫って妻とした』という伝説は事実無根で、実際は人間の姿となった竜が人間の女性としっかり愛を温めた上で一緒になったのだと。ちなみにワインの母、ジェラルドの妻は人間では無く、竜だそうだが。

「何代かに一人現れるらしいからな、お前みたいなヤツが」

 ジェラルドは笑いながら言った。もちろん『お前みたいなヤツ』と言うのは人間の女性に惚れてしまう竜のことである。

「メアリー殿、竜の国に嫁ぐという事は人間の貴女にとって辛い事もあるかもしれませんが、覚悟は出来てますかな?」

 あらためてジェラルドが問いかけると、メアリーは迷う事無く頷いた。

「毒に冒されていた私はドラゴニアで助けられました。恩返し……というわけではありませんが、ドラゴニアがより良い国になる様に努めるつもりです。ワインと一緒に」

 言葉と共に一筋の涙を流すメアリーをワインが優しく抱き寄せる。

「じゃあ、二人に乾杯ね!」

 ティアが笑顔でみんなに配ろうと、グラスをトレイに載せた。

「あらあらティア、バードリバーの次期王妃がそんな事、それにあなたは昨日の主役、花嫁なんなんだから、そういうのは私達に任せて……」

 ジュリアがトレイを奪い取ろうとするが、ティアはそれを拒んだ。

「だって私はメアリーのお兄さん、ガルフの奥さんなんだから」

 この上なく幸せそうな顔のティアにジュリアは心底羨ましい様で、思わずとんでもない事を口走った。

「はいはい、すっかり気分は新妻なんですね、ごちそう様です。今度エプロンをプレゼントするわね、裸エプロンにピッタリなのをね」

 新妻=裸エプロンの図式は世界共通の様だ。「そんな事しません!」と頬を赤く染めながらティアはガルフにグラスを渡そうとした。その時、ガルフは残念そうな顔でぼそっとティアに囁いた。

「……しないの?」

 ティアは意味がわからなかった。するとガルフはもう一度、今度ははっきりと言った。

「……しないの? 裸エプロン」

 ガルフも健康な成人男性だった様だ。身体中の血が顔に集まったのではないかと思うほど真っ赤になったティア。

「ガルフがどうしてもって言うなら……」

 ティアの言葉にガルフは即座に答えた。

「どうしても!」


「こらこら、そんな事を人前で言うものじゃありませんよ。特に女の子のお父様の前ではね」

 困りきった顔のブレイザーが言うとジェラルドは声高らかに笑った。

「これはすぐ孫の顔を見れそうだな」


 こうしてガルフのところには竜が嫁ぎ、メアリーは竜に嫁ぐことになった。意味合いは違うが、竜の花嫁が二人誕生したのだ。辺境の地ドラゴニアと南の片田舎バードリバーは姻戚関係となり、二つの国は遠く離れながらも強固に結び付き、バードリバーはドラゴニアの文化を少しずつ取り入れ、徐々に豊かな国となっていった。大臣がガルフとメアリーを陥れてまで描いた夢が実現したのだった。


 幸い、結婚した後にティアが竜の姿になった事は今のところ無い様だ。しかし、ドラゴニアとバードリバーが強く結び付いたという事で、大陸にはそれを危惧する不穏な空気も流れていると聞く。今後、他国が攻めてくる事も考えられるだろう。だが、ガルフ達なら乗り越えられる筈。


 願わくば、二人の竜の花嫁に幸あらんことを。

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竜の国の王女が恋したのは風使いの国の王子でした すて @steppenwolf

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