第29話 メアリーがとんでもない事を言い出した
「じゃあ、いっくよ~~~!」
いよいよ参列者の女性にとってはメインイベントと言っても過言では無い花嫁ティアによるブーケトスが行われようとしている。ブーケを受け取ろうと戦々恐々の女性達に背を向けてティアが放ったブーケは真っ直ぐジュリアの手の中に収まった。
「ガルフ! あなた、風の力使ったでしょ!」
あまりにも出来すぎた結果にジュリアが異議を唱えるが、もちろんガルフは何もしてはいない。しかしブーケを受け取った者がクレームを付けるなんて珍しい事もあるものだ。彼女は嫁に行くのが嫌なのだろうか?
ブーケトスが終わり、一行はパーティー会場に移動した。ガルフとティアは正面の新郎新婦席は決まっているが、他の参列者は自由に席に着く。当然の様にジョセフとシェリーは並んで座り、ジュリアはブレイザーの隣に着席した。
「ジュリア君、ブーケも取った事だし、次は君の番ですかね?」
ブレイザーが意味あり気に笑う。ジュリアはムッとして言う。
「先生、花嫁になるには相手が要るのですよ。それとも、先生がもらって下さいますか?」
「侯爵家の令嬢を花嫁にですか。嬉しい話ですが、私には妻も息子もいますからね。残念です」
残念、二人はそういう関係では無かった様だ。ジュリアは切なく呟いた。
「はぁ…… 私にも王子様が現れないかなぁ……」
*
パーティーもお開きとなり、二次会……と言うか、気の合った若い者だけでの集まりが城の端の部屋で行われていた。お酒が良い感じに回ってきた頃、メアリーがグラス片手にガルフとティアのところへとやってきた。
「ティアお姉さん、お兄ちゃん、おめでとう」
何を言うかと思えば普通の祝いの言葉。『おそろしい十二歳』とか『とんでもない十二歳』だとか思われていた少女も十九歳。『十で神童十五で才子二十過ぎればただの人』という言葉があるが、元気になったと共に普通の女の子になったのだろうか? いや、やはり彼女はただモノでは無かった。メアリーは、花嫁の前で恐ろしい質問を新郎である兄ガルフにしたのだ。
「お兄ちゃん、本当に良いの?」
その質問を聞いてティアが凍りついた。その質問は根本的な事を聞いているのだろう。ティア、つまり雌の竜と結婚して本当に良いのか? と。ティアの握りしめた手が小刻みに震え、涙が零れそうになった。
「良いも良くないも無い。俺はティアと一緒になる、いや、一緒になったんだ」
ガルフが怒った様に答える。その答えにティアの目から悲しみで零れそうになっていた涙が嬉しさのあまり零れ落ちた。
「お前はそんな事を言う様なヤツだったとはな、がっかりだよ」
ガルフが不愉快な顔をして言うと、メアリーは呆れた顔で言い返した。
「がっかりなのはこっちの方よ。私がこの結婚を凄く喜んでるのは知ってるでしょ、私だってティアお姉さんの事、大好きなんだから!」
となると、メアリーが『本当に良いの?』と聞いた意図がわからない。ガルフが素直にその意味を尋ねると、彼女が聞きたかったのはティアをバードリバーの王子の妻として迎えて良いのか? ドラゴニア王女の婿に入った方が良かったのではないか? という事だった。要するに、それほど豊かでも無いバードリバーの王となるよりドラゴニアの王配に収まった方が、逆タマに乗った方が良かったのではないか? と言いたかったのだった。ガルフは七年前、ドラゴニアでメアリーが言った言葉を思い出した。
『お兄ちゃん、良かったね~。逆タマだよ逆タマ!』
「何言ってんだよ。俺はそんな事どうでも良いんだよ、ティアと一緒ならな」
ガルフはメアリーの言いたい事全てを一笑に付した。
「話はそんだけか? じゃあ飲もうぜ……って、お前、まだ十九歳か。じゃあ酒はダメだな。ジュースにしとけ、ジュースに」
良い感じに酔っぱらったガルフは父コルドにそっくりのおっさん臭さだった。今度はティアに『本当に良いの? お兄ちゃんで』と本気で言いたくなったメアリーだが、それを押さえてガルフに言った。
「じゃあ良いよね、私がドラゴニアに行っても」
「はあっ? お前、何言ってるんだ?」
話の意味が理解出来ないガルフだったが、少し考えた末に何か考えついた様だ。
「ティアがいなくてもドラゴニアに遊びに行っても良いかってコトか? どうなんだろうな……お前はティアの小姑なんだぞ。嫁の実家に遊びに行く小姑なんか聞いたコト無いぞ」
まさかガルフの口から小姑などという言葉が出るとは。言っている事は完全におっさん、それも田舎のおっさんである。
「違うの。そういう意味じゃ無いの」
メアリーが照れくさそうに言う。
「じゃあ、何なんだよ」
考えあぐねたガルフは素直に聞いた。
「後はボクが話すよ」
ティアの弟、ワインが酒の瓶を下げてメアリーに並んだ。
「おうワイン、今日はありがとうな」
ガルフは小舅となるワインに酒を注がれ、一気に飲み干すと返杯、ワインも一気にそれを飲み干した。
「なかなか良い飲みっぷりだな。さすがは俺の義弟だ」
上機嫌なガルフ。ますます父親そっくりのおっさん臭さだ。
「で、お前が話すって、どういう事なんだ?」
ガルフは良い調子でワインに尋ねる。ティアはそんなガルフが面白いのか、隣でくすくす笑っている。緊張しているのだろうか、ワインは深呼吸を一つすると口を開いた。
「姉、王女ティアがバードリバーに嫁いだ以上、ドラゴニアの王位継承権は私にあります」
何を今更。「うん、知ってるよ」と軽く流したガルフに衝撃の言葉が告げられた。
「つきましてはバードリバー王女メアリー・ウェンガー様を次期ドラゴニア王妃として迎えようと考えているのですが、バードリバー王子ガルフ・ウェンガー様はいかが思われますか?」
「うん、良いんじゃないか……って、ええっ!?」
一瞬あっさり肯定したガルフだったが、少し間をおいて事の重大さに気付き、素っ頓狂な声を上げた。それを聞いて遂に耐え切れずなり、吹き出してしまったティアにガルフは小声で尋ねた。
「ティア、知ってたの?」
「うん、ごめんね、黙ってて」
悪戯っぽく笑うティアの笑顔は、七年前に『私、ティア。ドラゴニア王ジェラルドの長女なの。よろしくね、バードリバーの王子様』と初めて見せた笑顔とダブって見えた。そして、こんな会話を思い出した
『ごめんね。じゃあ責任取って結婚しようか? ドラゴニアの王女とバードリバーの王子が一緒になるってのも良いんじゃない?』
『あなたが私に見合うだけの人だったらね』
「俺は君に見合うだけの人になれたんだろうか……?」
ふとガルフが呟いた。
「うーん、どうかな? 酔うとおっさん臭くはなったけど」
ティアはまた悪戯っぽく笑った。その笑顔は七年前の少女の笑顔とは違う、幸せな大人の女性の笑顔だった。
「酷ぇな」
またおっさん臭い言い方になったガルフの頬にティアは軽くキスをすると、少女の顔になって笑った。
「おいおい姉さん、お熱いのも良いけど、俺達の話はどうなったんだよ?」
すっかり二人の世界に入ってしまった姉夫婦に不機嫌そうな顔でワインがぼやく。メアリーもそれに同調し、ぶーぶー言い出した。そんな二人にガルフは一つの問題点を指摘した。
「しかし、お前は俺の義弟で、メアリーは俺の実の妹。兄妹じゃないか、義理とは言え」
ガルフの言葉にメアリーはあっさり言い返す。
「大丈夫、血は繋がって無いもん。義理だから」
メアリーのあっけらかんとした態度に呆れながらガルフはもう一つ、重要な事を聞いた。
「父さんはどう言ってるんだ?」
「お父さんは……まだ知らない」
「ジェラルド様は?」
「父も知りません」
「そっか……」
ドラゴニア王子とバードリバーの王女が結婚を考えている事を両国の王は知らないと言う。ガルフは『どうしたものか』と難しい顔になり黙り込んでしまった。
「反対するの?」
「いや、反対はしない」
「お兄ちゃん……」
嬉しそうなメアリーとワインにガルフは厳しい顔で言った。
「反対はしないが……試練を与えさせてもらう」
ガルフは考えた。人間と竜、種族が違う者同士の結婚だ。どんな障害があるかわからない。ガルフ達は七年前、大きな試練を乗り越えた。ジェラルドはガルフとティアを離れさせようとした。それは二人にとっての大きな試練となり、それを乗り越えた二人は固く結ばれた。それに相当するぐらいの試練を乗り越えてもらわなければ、兄として安心できない。
「わかりました。それでどのような試練を?」
神妙な顔で答えるワイン。ここでガルフは困ってしまった。『試練を与えさせてもらう』とは言ったものの、はてさてどんな試練を与えればよいものか。そこまでは考えていないガルフだった。しかし、試練と言えば立ちはだかる壁をぶち壊すというのが王道。
「俺を倒してみせてもらおう。但し、俺は風の力を使わせてもらうが、お前は竜の姿にならずにな」
結構無茶な事を言うものである。いくらドラゴニアの民が竜の血を秘めているとは言え、それを開放しない限り、身体能力は普通の人間とほとんど変わらない。ガルフの試練に対してワインはどう出るのか?
「わかりました。ではその試練の日はいつにしましょうか?」
恐れること無く答えるワインにガルフは嬉しそうな顔で答えた。
「王女様を奪おうとする竜ならそうこなくっちゃな。もちろん今からだ! と言いたいところだが、二人共酒が入ってるからな。明日にしようか」
ガルフの言葉に周囲がざわついた。ティアは困った顔でガルフを見つめている。
「ティア、ごめんよ。今日は二人のめでたい日なのに、こんなことになっちゃって」
厳しい兄の顔からいつもの優しい顔に戻り、頭を下げるガルフにティアは諦めた様な顔で答える。
「止めても無駄よね。あなたはメアリーの事になると無茶ばっかりするもの。だからこそ私達は出会えたんだけど」
全ては妹思いの兄の無茶な行動から始まったのだ。ティアはガルフを止められるとは思っていない様だ。
「ティアの事も大事にしてるつもりなんだけどね」
言いながらガルフはティアの頬に軽くキスすると彼女の耳元で囁いた。
「これで最後だから。ワインがこの試練を乗り越える事が出来たらね」
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