第10話 ティアがガルフに渡した物、剣を抜いて飛び込んできたデューク
城に戻ったティアとガルフ。ティアは着替える為に自分の部屋へ、ガルフはメアリーの顔を見る為にメアリーの部屋へと別れた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
メアリーは上体を起こすと笑顔を見せた。それは今まで見せていた苦しいのを我慢して作っていた笑顔では無く、本物の笑顔。しかしガルフは心配なのだろう、メアリーに横になっている様注意する。いくら具合が良さそうに見えても完治には二ヶ月程かかると言われているのだから。
メアリーはつまらなさそうにブツブツ言いながらも横になる。
「お仕事、どうだった?」
「仕事と言っても学校にティアを迎えに行くだけの簡単なお仕事だからね。何て事無いよ」
横になったメアリーがガルフに質問すると、ガルフは事も無げに答えた。本当はジョセフとひと悶着あったのだが、ガルフはメアリーに余計な心配をさせたくなかったのでそれには触れないでおいた。と、同時に大事な事を思い出した。
「そういえば、ティアが後で部屋に来る様にって言ってたよな」
それを聞いたメアリーは、がばっと上体を起こして言った。
「お兄ちゃん、早く行かなきゃ! 女の子を待たせるなんて言語道断だよ!」
言語道断って、十二歳の子が使う言葉かよ……と思いながらもガルフは起き上がったメアリーを横にならせると、ティアのところへと向かった。
ティアのところへ向かうと言っても、二つ隣りの部屋でしか無い。扉をノックすると中に入る様に言うティアの声。ガルフが部屋に入ると既に着替えを終えた彼女が何やら差し出してきた。
「はい、これ制服」
ティアがガルフに渡したのは新品の服だった。
「制服? ああ、衛兵のユニフォームみたいなモノだね」
今日、ガルフは私服だったのでジョセフに不審者扱いを受けたが衛兵の制服を着ていればその様な事はあるまい。これで安心してティアの警護の任に就けるとガルフは喜んでそれを受け取って広げると、紺のブレザーとチェックのパンツ、そして白のワイシャツとネクタイが出て来た。どう見ても衛兵が着る代物では無い。と言うか、学生の制服にしか見えない。そう言えばジョセフが着ていたのもこんな感じだった気がする。
「ティア、これはいったい……?」
顔を引きつらせながら質問するガルフに彼女は笑顔で答える。
「もちろん制服よ。私達が通う学校のね」
「学校? 通う? 私達って?」
ガルフの頭は混乱した。ティアは咳払いをひとつすると説明を始めた。
「だって、ガルフは私の警護役なんでしょ? なら学校でもずっと一緒に居なきゃね。その為にはあなたも入学しなきゃでしょ。部外者を校内に入れるわけにはいかないもの」
どうやら入学の手続きも王女の特権で済ませたらしい。今日、ティアが下校するのが遅かったのは、その手続き(ゴリ押しとも言う)をしていた為で、ガルフが持たされた紙袋の中身はコレだったのだろう。説明を聞いて全てを理解した様子のガルフに彼女は言葉を続けた。
「それから、『いかにも警護してます』って感じだと周りが気にしちゃうから、普段は生徒としてクラスに溶け込んでおくこと。良いわね?」
確かに彼女の言う通りである。自然に振舞わないながらも不慮の事態に備えて臨戦態勢でいなければならない。「思ったよりやっかいな任務だな」と気を引き締めるガルフだったが、やる気を削ぐ様な言葉がティアの口から発せられた。
「まあ、狙われた事なんて一度も無いんだけどね」
《なんだって?》
「だから狙われたとか、襲われたとか一度も無いから。そんなんだからガルフも気楽にやってちょうだいね」
屈託無い顔でティアは笑うが、その言葉を額面通り受け止めて良いものだろうか? もしかしたら彼女の知らないところでデュークが刺客を始末していたのかもしれない。
悩むガルフの気も知らず、ティアは呑気に制服を着て見せろとリクエストしてきた。
「考えていても仕方が無い、後でデュークさんに聞いてみよう」そう思いながらガルフはブレザーの袖に腕を通してみせた。しかしティアはそれだけでは満足いかない様で、不服そうな顔でガルフの顔を見た。
「何よ、上着だけじゃわかんないでしょ。ちゃんとズボンも履きなさいよ、裾も直さないといけないんだから」
制服のズボンを履くと言うことは今履いているズボンを脱がなくてならない。ガルフは恥ずかしそうにティアに頼んだ。
「じゃあ、ちょっと後ろ向いててくれないかな」
ティアはガルフの言葉の意味を理解し、真っ赤になりながら慌てて背中を向けた。
「は、早くしてよね」
ティアの声を耳にしながらガルフがベルトに手をかけ、カチャカチャという金属音と共にそれを外す。衣擦れがティアの耳に届く。何を想像しているのか、彼女は耳まで真っ赤になってしまっている。ガルフも背中を向けているとは言え同年代の女の子のすぐ近くでズボンを下ろすという初めての行為にドキドキしている。
《何をドキドキしてるんだボクは。ただズボンを履き替えるだけじゃないか》
自分に言い聞かせるが、どうしても妙な意識が生じてしまう。その結果、彼は履こうしたズボンの裾に足を引っかけ、無様に転んでしまった。それもティアを巻き込んで。
「○×△□~~~!!」
ティアの声にならない叫び声が響いた。その声を聞きつけたのだろう、バタバタとけたたましい足音が近付いてくる。
《マズい!》
ガルフは慌てて起き上がり、素早く制服のズボンに足を通した。そして、ファスナーを上げようとしたその時、扉が開いた。
「ティア様、どうしました!?」
剣を抜いたデュークが飛び込んできた。彼は倒れているティアと、ズボンのファスナーに手をかけているガルフを見ると困った様な顔で剣を鞘に収めるとガルフに言った。
「ガルフ様、いけませんよ。女の子には心の準備と言うものが必要なのですから」
そう言った後、悪戯っぽく笑うデュークにティアはあたふたしながら釈明しようとするが、言葉にならない。
「ガルフ様も男の子だったんですね、お邪魔してすみませんでした。どうぞごゆっくり」
デュークは二人に背を向けると歩き出した。ガルフは大慌てで呼び止めるが、デュークは耳を貸そうともせず扉に手をかけた。そしてそのまま扉を開けて出ていくのかと思われたが、彼は振り向くと目を細めて微笑んだ。
「ガルフ様、よくお似合いですよ、制服。裾の直しは少しで良さそうですね」
どうやらデュークは全てお見通しだった様だ。さすがは騎士団長、普段はティアのお守役の様な姿しか見せないが、部屋に入った一瞬で状況を見極め、判断する洞察力を備えているのだろう。でなければあんな状況で剣を収めるわけが無い。下手すると王女を襲おうとしていると勘違いされ、そのまま斬られてしまってもおかしくない状況である。
《からかわれた……》
ガルフは苦笑いするしか無かった。
「明日からティア様の事、よろしくお願いしますね」
今度こそ本当に部屋を出ようとしたデュークをガルフが呼び止めた。ティアが今までに狙われた事、危ない目に遭った事が無いかどうかを確認したかったのだ。
「ティア様の身に危険が迫った事ですか? 一度もありませんよ」
あっさり答えるデューク。「警護を付ける必要があるのか?」とガルフは思ったが、今まで無かったからと言って今後も無いとは限らない、油断は禁物だと自分に言い聞かせるガルフだった。
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