第9話 初仕事はティアの護衛。いきなり絡まれたガルフ
翌日、早速ガルフは早速ティアのお守り、いや警護の為に学校まで付いて行く事となった。もちろん彼はその学校の生徒では無いので校内に入るわけにはいかない。彼女が校門を入ったのを見届けると城に戻り、また下校の頃になると校門まで迎えに行くだけである。だから日中はこれといってする事も無く、庭の掃除でもしようかと箒を手にしたところ、「そういう事はやめて下さい」と召し使いに言われてしまい、他に何か手伝える様な事はないかとデュークに尋ねると、彼はいつもの様に優しい笑顔を浮かべて答えた。
「そうですね、ティア様のお迎えの時間までメアリー殿の様子を見ててあげて下さいな」
デュークの優しい言葉に甘えさせてもらう事にしたガルフはメアリーの部屋に走った。
メアリーは薬が効いているのかすやすやと眠っていた。ガルフは妹の頭を撫でながらその安らかな寝顔を見て嬉しく思った。昨日まではわずか十二歳の妹が汚い大人の思惑で寝ている時でさえも苦しそうだったのだ。その苦しみを除けただけでもドラゴニアに来て良かったと心から思えた。
夕方、校門の前でティアが下校するのをガルフは待っていた。授業が終わったらしく、がやがやと下校する生徒達が校門に向かって歩いてきた。その中にティアを探すガルフだったが、彼女の姿はどうにも見当たらない。逆に生徒達からすれば、自分達と同年代の見た事無い顔が校門で誰かを探す様に様子を伺っているのだ。ヘタすれば喧嘩を売りに来たと思われても仕方が無い状況だと言う事にガルフは気付いていないのだろうか?
「おい、お前何やってんだ?」
案の定、因縁を付けてくるヤツが現れた。この学校は王女のティアが通うだけあって、お坊ちゃん・お嬢ちゃんが集うエリート校である。しかし、そんな学校にも困ったことにこういう手合いは居るもので、しかも親が有力者だったりするから質が悪い。
「ウチの生徒に何か用か?」
番長気取りなのだろうか、「この学校の生徒に手を出すヤツは俺が許しちゃおかねぇ!」とばかりに息巻く男に辟易するガルフ。男の取り巻きも調子に乗って口々に「やっちまおうぜ」とか一昔前のヤンキー漫画みたいな事を言っている。ガルフがその気になれば風の力を借りて絡んできた連中を吹き飛ばすのは容易に出来るだろう。しかし、場を荒立てるのは得策では無いと判断したガルフは簡潔に答えた。
「デュークさんの代わりにティア様を迎えに来たんですよ」
この一言で解決する筈と思ったガルフだったが、彼の思惑は外れ、逆に嫌な方に事態は転んでしまった。
「デュークさんが手前ぇみたいなのにそんな事させるわけ無いだろ!」
ガルフの言葉は逆効果だった様だ。もちろん事実を言ったまでなのだが、男はそれを信じようとはしなかったのだ。
「俺の親父は男爵でな、城にも結構出入りさせてもらってて衛兵の顔は結構知ってるんだが、お前なんか見た事無いぞ。さてはお前、ティアを拐おうってんじゃ無いだろうな?」
王女を呼び捨てにする男。「番長気取りの次はティアの彼氏気取りですか?」などとは口が裂けても言えはしない。対応にすっかり困ってしまったガルフに救いの声が聞こえた。
「ガルフ、お待たせ。あれっ、ジョセフも。どうしたの?」
声の主はもちろんティアだ。男爵家の息子とやらの名前はジョセフというらしい。
ティアは手には大きな紙袋を下げている。城を出る時はこんなもの持っていなかったのだが、何か配布物でもあったのだろうか? いや、他の生徒は誰ひとりとしてこんなもの持っていない。
「ティア、コイツ知ってんのかよ?」
ジョセフは突然のティアの登場に一瞬たじろいだが、冷静を装って聞いたところ、彼女はとんでもない答えを返した。
「ええ。私達、一緒に住んでるの」
嘘では無い。ただ、モノには言い方というものがある。何もこんな誤解を招く様な言い方をしなくてもよさそうなものだ。案の定、場の空気は凍りついた。
「い……一緒に住んでるって……?」
思いっきり動揺しているジョセフ。
「うん、びっくりした?」
満面の笑みを浮かべるティア。ガルフは慌てて説明を追加する。
「ちょっと色々あって、お城にお世話になっているんですよ。ティア様、変な言い方しちゃダメじゃないですか。みんな固まっちゃってますよ」
ガルフの穏やかな物腰と言い回し、そして何と言っても彼がバードリバーの王子だという事に触れなかった事から、ジョセフはガルフを新しい使用人として認識した様だ。
「そうか、すまなかったな。俺が君に厳しい態度を取ったのもティアの身を案じての事。悪く思わないでくれ」
話し方もコロっと変わっている。ガルフに言っている様な口ぶりだが、その実ジョセフィの意識はティアに向いている。それはちらちらと彼女に視線を移していることからも一目瞭然だった。今のセリフは『ティアの為に不審者を尋問したのだ』という彼なりの彼女に対するアピールなのだろう。実際は単にガルフに因縁をつけただけなのだが。しかし彼のアピールも虚しくティアはガルフに紙袋を押し付けるとすたすたと歩き出した。
「何してるの? 帰るわよ」
ティアの声にガルフはジョセフに形式的に一礼すると、小走りで彼女を追った。
「おいティア、待てよ」
ジョセフがティアの名を呼ぶが、彼女は一瞬立ち止まり、ちらりと振り向くと上っ面の礼を述べてすぐまた歩き出した。
「ジョセフだったっけ? 男爵家の息子だって言ってたけど、いいの? あんな態度で」
ジョセフに対するティアの素っ気ない態度にガルフは心配になって思わず聞いてしまったところ、彼女は立ち止まって冷めた目で答えた。
「ジョセフが私に言い寄って来るのは、私が王女だからでしか無いもの」
過去に嫌な思いでもしたのだろうか、ティアは吐き捨てる様に呟いた。
「昔っからそう。みんな私の事を一人の女の子ティアじゃ無くって、ドラゴニアの王ジェラルドの娘としか見てないのよ」
ティアの寂しそうな顔。ガルフは彼女と出会った時に言った自分の言葉を思い出した。
《ドラゴニアの王女とバードリバーの王子が一緒になるってのも良いんじゃない?》
マズい事、言っちゃったかな……ガルフは思ったが、ティアは彼に微笑みかけて言った。
「でも、ガルフは違うよね。王女だって知らなくってもザーガイから助けてくれたんだもん、私を一人の女の子として見てくれたんだもんね」
その通りだ。ガルフが助けたのは水浴びをしていた女の子。彼女が王女と知ったのはその後の事。決して王女だから助けたわけでは無い。ガルフは胸を張って答えた。
「もちろんだよ。ティアはティア。王女である前に一人の女の子なんだよ」
それを聞いたティアの顔はぱあっと明るくなった。その表情に心を奪われて立ち尽くすガルフは、彼女が言葉の真逆のことを考えた。
《王女だから近付くんじゃ無く、王女だから諦める男が多いに決まってるよ》
彼はバードリバーの王子がドラゴニアの王女に恋をしたところで、それは叶わぬ恋だと考えたのだろうか? そんなガルフの気持ちを知ってか知らずがティアは「さっ、帰ろ。メアリーが待ってるわよ」とガルフの手を取ると、歩き出した。
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