第6話 メアリーの病気は竜の呪いでは無い?

 ガルフが食事を終え、ティアに少し元気が戻ったところでまた扉をノックする音がした。どうやら識者達が到着した様だ。

 部屋に入って来た識者は三人。医師が一人と学者が二人。ガルフがメアリーを揺り起こすと彼女は薄く目を開けた。

「……お兄ちゃん?」

 メアリーは朦朧としながらも兄の顔を認識し、辺りを見回した。見慣れぬ部屋に見慣れぬ顔が並んでいる。彼女は不安気な顔になってしまった。

「ここはドラゴニアだよ」

 ガルフが安心させる様に言うと、メアリーは嬉しそうな面持ちで呟いた。

「夢じゃなかったんだ」

 メアリーは、このドラゴニア行きが自分の願望、高い熱が見せた夢だと思っていた。どうせ目を開ければいつもの様に見慣れた部屋に居て、見慣れた顔が居て、効いているのか効いていないのかよくわからない薬を飲まされるのだと。

「メアリーちゃんだったわよね、ドラゴニアで竜に関してわからない事は無いわ。もう大丈夫よ」

 ティアが更に安心させる様に言うと、メアリーはか細く微笑んだ。

「ありがとう、お姉さん」

 メアリーは何の気無しに言った言葉だったのだが、思いっきり深読みしてしまったティアは顔を赤らめて言った。

「べ、別にガルフとは何も無いんだからね。まだお姉さんじゃ……」

 予想外のティアの取り乱し様にきょとんとするメアリー。それにしても『まだ』と言うところにティアの深意が読み取れるそうなものだが、ガルフはそれに全く気付かずメアリーに言い聞かせる。

「メアリー、お姉さんなんて失礼だよ。この人はティア様、ドラゴニアの王女様だよ」

 それを聞いてメアリーは慌てて詫びの言葉を口にするが、デュークはにこにこしながら口を挟んできた。

「いえいえメアリー様、お姉さんで結構ですよ。ねっ、ティア様」

 言いながらティアに片目を瞑って見せる。彼はティアが口に出してしまった『まだ』の意味を理解したのだろう。

「ま…まあ、私の方が年上なのは確かだしね、良いんじゃない、お姉さんで」

 平静を装ってはいるがティアは顔を赤らめたまま。メアリーはくすっと笑って答えた。

「はい、ティアお姉さん」


 そんなやり取りの後、医師によってメアリーの診察が始まった。熱と血圧を測り、心音と呼吸音を聞き、問診を行うという何の変哲もない診察だが、医者の顔が巌しくなってくる。横で学者も話を聞きながら顔を強ばらせる。

「これは呪いなどではありませんね」

 険しい顔で医師が断言した。

「毒。それも徐々に身体を弱らせるタチの悪いモノです」

 妹に、王女に毒が盛られていた。驚愕の事実に呆然とするガルフ。誰が、何の為にそんな事を……いや、理由などどうでもいい。ただ、犯人が許せなかった。歯を食いしばり、拳を握り締めるガルフにティアが静かに言った。

「竜の呪いだって言い出したのって、確か大臣だったわよね。その大臣とやらが怪しいんじゃない? あと、メアリーを診ていた医者も。大臣とグルだったとか」

「大臣が怪しいって……小さな頃からボク達の面倒をずっと見てきてくれた大臣が?」

 信じられないといった顔のガルフ。デュークが悲しそうに口を開いた。

「人の本心は解らないものですから」


 デュークは大臣が王の座を狙っていると言いたいのか? しかしガルフには腑に落ちない点があった。何故自分では無く妹を狙ったのか? 王位継承権はガルフに有る。メアリーを亡き者にしたところで何の意味も無い。もちろん大臣を信じたいという気持ちもあるのだろう。ガルフがその事を口にしたがデュークは冷たく言い放つ。

「その大臣とやらがガルフ殿に竜の逆鱗を取りに行かせたのでしょう? あなたを危険に晒すことが目的ではないでしょうか?」

 デュークのあまりの言葉に唖然とするガルフ。そしてデュークは考えを話続ける。

「あなたが竜の逆鱗に触れて殺される、逆鱗を手に入れたとしてもあなたはドラゴニアの法によって裁かれるという二段構えの計画。そしてメアリー様が毒に倒れた後は自分が王の座に収まる、あるいはメアリー様を治し、自分の地位をより確固たるものにした上で実権を握ろうとでも企んだのではないでしょうか?」

「まさか……あの大臣が……」

「あくまで状況から判断した私の考えでしかありません。これが邪推であれば良いのですけどね。でも、あなたはいずれ王位に就く人間なのでしょう、少しは他人を疑うということを覚えた方が良いですね」

 デュークは若く見えるが、大人の汚い政権争いを見てきたのだろうか? 実は若く見えるだけで実は結構年を食ってたりするのかもしれない。

「王というのは辛いものですよ。いくら民衆に慕われていたとしても不満分子や邪な考えを持つ者はいないとは限りません。だから常に身を守ることを考えなければなりません。自分を守ることは民衆を守ることでもあるのですから」

 デュークが語る王という立場の厳しさ。ガルフはただ黙って聞き入っていた。更にデュークの話は続いた。

「身を守るというのは保身に走るのとは違います。民衆の為に生命を投げ出す覚悟も必要なのですよ」

 デュークの言いたい事、それは王としてのあり方。騎士団長としてドラゴニアの王に仕え、その姿を見続けた男が身をもって感じてきた事だった。彼はティアが好意を持っているでろうガルフに立派な王となって欲しいという気持ちでいっぱいだったのだ。

「まあ、あなたは妹の為に自らを犠牲にしようとしたのですから、その点では大丈夫でしょうけど」

 デュークはそう付け加えて微笑むと、騎士団長が他国の王子に延々と持論を語ってしまった事を詫びた。王である父にさえその様な話を言い聞かされていなかったガルフは逆に礼を述べた。

「ご教授ありがとうございます。あなたの言葉、しかと胸に刻んでおきます」

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