第5話 ティアの手料理、騎士団長デュークの仕事はティアの子守り?
夕刻、ガルフは言葉通りドラゴニアに到着した。毛布に包まって眠っている妹をお姫様抱っこして城門の衛兵の前に降り立つと衛兵に声をかける。
「バードリバーのガルフです。お言葉に甘えて参りました。ジェラルド公にお取り継ぎ願いたいのですが」
「ああ、昨日ティア様を助けてくださった風使いの方ですね、話は聞いておりますよ。お待ちください」
衛兵の一人が城の敷地の奥へ走る。暫くすると一人の青年が急ぎ足で近付いてきた。その背後には先程走っていった衛兵が緊張した面持ちで続いている。
「あなたがガルフ様ですか。騎士団長を務めるデュークと申します。先日はティア様をお守り下さいましてありがとうございました」
まだ若そうなのに騎士団長だと言う青年の丁寧な挨拶に、ガルフも丁重に挨拶を返す。
「バードリバーのガルフと申します。この度はご厚意に感謝致します」
「その方が妹君、バードリバーの王女様ですね。では案内致します」
「はい、メアリーと言います。よろしくお願いします」
デュークに先導され城内を進むガルフ。妹を抱きかかえたままのガルフを気遣ってデュークが声をかける。
「お疲れではありませんか? ずっと妹君を抱いたままなのでしょう?」
「いえ、妹の苦しみに比べればこれぐらい平気です」
長い旅路で疲れていないわけが無いのだが、ガルフは笑顔で答えた。社交辞令もあったのだろうが、それ以上に妹を治せるかもしれないという期待が大きかったのだ。
「そうですか。素晴らしいお兄様ですね。では、こちらの部屋にどうぞ」
デュークが扉を開ける。広い室内には大きなベッドを始めとして調度品一式が揃っていた。
「とりあえず、メアリー様を寝かせてあげましょう。識者がもうすぐ参りますので、ガルフ様も少しお休みください」
ガルフがベッドに妹を寝かせ、側の椅子に腰掛けて一息付くと扉をノックする音が響いた。
デュークが扉を開けるとティアの姿が。後ろには食事の用意を載せたカートを押した侍女を連れている。
「どうせバードリバーを出てから何も食べてないんでしょ?」
ティアがガルフに声をかけるが、その声にはあまり元気が感じられない。それを感じ取ったガルフは心配して逆に質問を返した。
「ティア、どうしたの? 元気無いみたいだけど」
「ううん、そんな事無いわよ」
彼女は微笑んで答えたが、その笑顔には憂いの色が感じられる。
《儀式で何かあったの?》
言いかけてガルフはその言葉を飲み込んだ。それに触れてはいけない様な気がしたのだ。黙り込んでしまうガルフとティア。気まずい沈黙が部屋を包む。
「男の子はたくさん食べなきゃダメですよ」
デュークが場を和ませる様な笑顔で沈黙を破った。
「あ、はい。いただきます」
スープに手を付けるガルフ。
「……おいしい」
朝にバードリバーを出て、夕刻まで長時間飲まず食わずで風に乗って来たのだ。疲れきった身体に温かいスープが染み渡る。ガルフが思わず漏らした言葉にデュークは柔かに言った。
「美味しいですか、それは良かった。そのスープはティア様が……」
「ちょっと、デューク、余計な事言わないでよ」
ティアが慌ててデュークの言葉を遮る。それでガルフは悟った。
「そっか、ティアが作ってくれたんだ。おいしいよ、ありがとう」
優しい味で、なぜか懐かしい感じのするスープ。微笑むガルフにティアはドキっとしながらまくし立てた。
「だって昨日は助けてもらったのにロクなもてなしも出来なかったのよ。食事ぐらい出すのはドラゴニア王女として当然でしょ。まあ私ほどになるとそんなスープなんて鼻歌混じりに作れるんだから、そんなにありがたがられるほどのモノじゃ無いし……」
照れ隠しなのだろう、妙に饒舌になるティア。もちろん頬は赤く染まっている。
「少し元気が出たみたいだね。良かった」
「あ……」
嬉しそうなガルフの一言にはっと我に返るティア。
「ガルフ様のおかげですよ。ありがとうございます」
デュークが和やかにガルフに微笑みかける。
「ちょ……デューク、何を言い出すのよ!」
更に赤くなるティア。だが、少し間を置いて冷静になるとデュークに穏やかな声で言った。
「気を使ってくれてありがとう。そんな事しなくっても大丈夫よ」
「そうですか。では余計な事を言うのは止めにしましょうか」
デュークはティアに元気を出させようと茶化す様な言動を取っていたのだった。騎士団長と言うより執事、いや、子守りの様に思えてしまうガルフだった。
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