5 madsa era go+zun.(母は強し)

 シャラーン人は、北方の密林でとれるさまざまな香料や薬物について、セルナーダ人よりも詳しいらしい。

 そのため、かなり無理をしてさまざまな薬草入りのシャラーン風麦粥を食べたが、味のほうは最悪だった。

 ただ、滋養強壮に良いというのは嘘ではなかったようだ。

 一時的に、立ち上がることもできなかったのに、わずか一日でモルグズは普通に立てるようになっていた。

 しかしそれは、裏を返せば子供をつくるのに使った生命力の消費が凄まじかったということだ。

 最後の最後に腎虚で死んだら、笑うに笑えない。

 レクゼリアは、変わった。

 昨日までは女の顔だったのに、今はどうみても「母の顔」をしているのだ。

 ウォーザの神託が間違っていないことは、彼女の腹部に宿る新たな輝きを見てモルグズも理解している。

 ただ、理屈ではわかっていても、自分の子供が彼女のなかにいる、というのが信じられないのだ。

 とりあえず、いままでの懸案は一つ、片付いたことになる。

 これでウォーザも満足しているはずだ。

 ただ問題なのは、レクゼリアの今後だった。

 いま、エルナス市内からは出ることも出来ないのである。

 門は封鎖されているのだ。

 彼女の守りは、エィヘゥグを信用するしかないが、ある意味では本当の戦い、イシュリナス教団との戦いはこれから始まるのである。

 それにしても、今のレクゼリアは綺麗だった。


 madsa era go+zun.(母は強し)


 いささか不本意ではあるようだが、スファーナさえそう言ったほどである。

 レクゼリアのことは嫌いではないし、いっそこのまま、復讐などやめてせめて子供が生まれるまで一緒にいようか。

 などということは、モルグズは一欠片も考えなかった。

 子供まで作っておいて残酷だが、やはりそれよりも、大事なことがあるのだ。

 ナルハインはやめろと警告していた。

 それでも、やはりイシュリナス神やイシュリナス寺院をこのままにはしておけない。

 結果的にリアメスに利用されることになっても、もうかまわない。

 ノーヴァルデアも、賛成してくれた。

 体はなくとも、彼女とは魂で結ばれている。

 レクセリアの腹部で誇らしげに輝く命の輝きを見て目を細めながらも、どこまでも冷徹にイシュリナス寺院への復讐法を考えている自分がいる。

 やはり、殺戮者でいるほうが楽だ。

 スファーナの情報網によると、エルナス市内は相変わらずだという。

 彼女の見立てでは、あと五日ほどは状況は変わらないだろう、という話だった。

 だが、そろそろ人々も限界に近い。

 すでに食料などが尽きている家庭もあるだろう。

 もともとセルナーダは冬が厳しいため、食料の買い置きはしておくのが常識だが、都市部の場合、農村ほどしっかりしていないこともあるらしい。

 なにしろ十五万もの人口、つまり「人の口」があるのだから、食料も猛烈な勢いで減っているはずだ。

 当然、王国としては有事の備蓄はあるだろうが、いまは「馬鹿の罰」により、行政機能が麻痺している。

 そろそろ凍死者、餓死者が出始めてもおかしくはないという。

 自分は子作りを済ませたくせに、他人の子供を苦しめ、殺している。

 むろん今回の一件は別にモルグズのせいではなく、エグゾーン女神、そしておそらくはゼムナリア女神などが共謀したものだが、それでも邪神たちはモルグズの存在を当然、織り込んではいるのだろう。

 不気味なのは、イシュリナシアやユリディン寺院の魔術師たちが沈黙していることだった。

 一体、ネスファーディスはなにをしているのだろう。

 やはり、これは罠かもしれない。

 まだ彼は「この程度の被害なら許容できる」と考えているとしたら。

 石灰による殺菌法を教えたのは、失敗だったかもしれない。

 わずかそれだけの知識でネスの被害を最小限に抑えたのだから、彼のような人間からすればモルグスの存在は宝の山に思えるだろう。

 銃器の製造法と運用法。

 軍隊の戦術や戦略。

 活版印刷の原理。

 産業革命。

 知識だけでは無意味だが、すでにイシュリナシア王国はある程度、中央集権化と官僚の育成ができているので、これらの知識を有効活用しうるかもしれない。

 だが、残念だがもしネスファーディスがそうした知識を得たとしても、この地の人々が幸せになれるとはどうしても思えない。

 むしろ、予想もしない事態が続発し、セルナーダの地は大混乱に陥るだろう。

 地球で生まれた技術体系を、魔術や法力、魔獣などが存在する異世界に移植しただけでは、とんでもない副作用が確実に起きる。

 ネスファーディスも、やはり人間ということだ。

 そんなことを考えながら、さらにイシュリナス寺院を追い詰める策を練っていく。

 すでにスファーナは、このシャラーン人街から使える人間を集めていた。

 もともとこの地区は貧民街であり、人々は差別され、抑圧されてきた。

 人間が本気で立ち上がるのは「このままでは死んだほうがましだ」と追いつめられたときである。

 この地区での実態を知るにつれて、充分にその下準備は出来ているように思えた。

 ときおり、このあたりには衛視たちがやってきて、気に入った若い娘を拉致したり、乱暴したりするという。

 街の他の地区の人間も、迂闊にここに入り込むことはないが、外でシャラーン人街の人間だと分かれば殺されることすらあるという。

 恐ろしい話だが、かつてはイシュリナス寺院が「ここは邪悪な人間の巣窟なので、一度、火をかけて浄化したほうがいいのではないか」と国王に助言し、それが実行されかけたことすらあると聞いたときは、さすがに耳を疑った。

 一体、邪神とされているクーファーと、イシュリナスではどう違うというのか。

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