6 yato vom gxafsuzo tel.(お前には俺たちの子供がいる)

 結果的にその策が実行されなかったのは、場合によっては延焼が激しすぎて王宮や貴族たちの邸宅が並ぶ地区にまで被害が及ぶ可能性がある、かららしい。

 イシュリナス寺院の独善ぶりを知っている身としては、ありうる話だと思う。

 まだそれを止める良識のある者がいるのが、せめてもの救いだが。

 しかし、結果的にスファーナは地獄の蓋を開けてしまった。

 すでにこの地区から病気が蔓延したことを、さすがに王国側の理解しているはずだ。

 あるいは、こちらの居場所も掴まれているかもしれない。

 だからあえて、いつ「決行」に移すかは、誰にも告げないでいる。

 当然、シャラーン人街にも王国の間者が潜んでいるはずなのだ。

(まあ、そりゃそうだ。でも、君もまだまだ考えが甘いね)

 ナルハインの声だった。

 道化の神。

 だが、ある意味ではこの神が一番、油断ならないかもしれない。

(そりゃ買いかぶりって気もするけど。とにかく、ネスファーディスの正体を、君は見誤っている。あれはね、もっと、恐ろしいものだよ)

 ネスファーディスを甘く見ているつもりはないのだが。

(それが甘いんだ。いままでこのセルナーダを見てきて、どう思った? 君の世界でいう狐と狸の化かし合いどころじゃないでしょう? あまりにもいろいろな神々やら魔術師やら国家やら権力者やらにさんざん道具として利用されてきたのに、まだ気づかないの?)

(相変わらず苛々させやがる。言いたいことがあったら、はっきり言え)

(君はあまりにも多くの人間に、神々に、そして運命に騙されている)

 確かにそれは認めよう。

 この世界がいかにろくでもない、信用できぬ者ばかりかはたっぷりと学んできた。

(そんなことはないね。君は自分で思っているより、よっぽど、真面目で、純粋で、理想主義者で……そして救いがたい馬鹿だ)

(前にも言われたな。まあ、俺は馬鹿かもしれない。だが……)

(僕も愚か者と呼ばれているけどね。君はどこかで、この世界を舐めている。この世界を、甘く見ている。あれだけの経験をしても、もとの世界のほうが恐ろしいと思い込んでいる。まあ、比較は無意味かもしれない。けど、君はやはり思い込みが激しいね。君はある重要なトリックを見逃している。君の世界にある推理小説って奴だと、完全に真犯人に騙されている側だよ。この世界では、君の常識では信じられないことが可能だともう理解しているのに、なんで気づかないんだろう? いいかい、これは助言だ。君は上っ面でしか、物事を見ていない。この世界で『君はいままでなにを見てきた』?)

 人間の酷さを。

 神々の残酷さを。

 魔術や法力の恐ろしさを。

 そうしたものを見てきた、つもりだ。

(やっぱり。いいかい、ヒントをあげよう。ネスだ。ネスにはなにがあった?)

 ネスには地獄があった。

 そしてネスを地獄に変えた。

(ねえ……ひょっとして、君、もうどこかで気づいてるんじゃないの。僕が本当は、なにを言いたいのか)

(そうやって俺を混乱させる気か? 俺はイシュリナス寺院に復讐したいだけだ)

(なるほど。怒りが、君の目を曇らせているんだ。じゃあ、質問だ。イシュリナス神って、一体、そもそも何者なんだろう)

 それがわかっていれば、苦労はしない。

(うーん、これは駄目か。ならば、自分で確かめるしかないね。君はね。自分を悪人だと思いたがっているみたいだけど、僕の目から見ると、とんでもないお人好しだよ。君はまだすべてを疑ってない。見落としが多すぎる。わかってみれば、簡単なパズルなんだ。ただ、君は最後にならないと真実にたどり着けないみたいだ。悪いけど、君は道化の才能があるね。僕が保証する)

 それきり、頭のなかが静かになった。

 胸糞の悪い話だ。

 結局、ナルハインというのは単に意味深長なことを言って深読みをさせ、苛つかせてはそれを愉しんでいるようにしか思えない。

 むろん自分は「神ではない」のだから、なにか見落としていることはあるだろう。

 それでも、とりあえずはイシュリナスという正義の神の偽善の皮を、破ってやる。

 その下にどんなおぞましい顔が隠れているかを、エルナスの人々に見せてやるのだ。

 イシュリナスの騎士や僧侶の醜悪さ、独善、偽善を見てしまえば、彼らもいい加減に目を醒ますだろう。

 もしそれでも、目を醒まさないのならば。

 ノーヴァルデアの刀身を、そっと撫でた。

 お前の力を、借りる。

 リアメスに操られているようで腹立たしいが、たとえヴァルサが愛した故国であっても、イシュリナシアという国は滅んだほうがいい気が本気でしてきた。

 だから、正義の神など信じるな。

 彼らの正義は、みんな嘘だ。

 頃合いだな、と思った。


 eyhewg.ongov lektheriacho vim gxafsuzo.(エィヘゥグ。レクゼリアと俺の子供を頼む)


 ウォーザの民の戦士が、はっとしたような顔をした。


 jen sur aln metsfig hasos ci foy.(今から何が起きてもおかしくない)


 レクゼリアが、こちらを見た。

 まさかエクゾーン女神の地下寺院で、こんなことになるとは思わなかった。

 二人で、きつく抱擁しあう。


 cod ers rolbo.(これで別れだ)


 rolbova fog ned.(別れたくない)


 yato vom gxafsuzo tel.(お前には俺たちの子供がいる)


 スファーナとティーミャが、こちらを見ていた。

 二人とも、すでに準備は出来ているようだ。

 これから行うのは、別に特に巧妙な策などではない。

 むしろあまりにも単純なものだ。

 だが、こういうときはそうしたもののほうが効果的なはずである。

 最初は数百人でいい。

 エルナスの人口は十五万である。

 シャラーン人街でさんざん、いままで王都の民に嬲られてきたものたちの怒りに火をつけるところから、始めればいい。

 もう、この階段を登ってしまえば、そこから先はたぶん、逃げられない。

 構いはしないのだ。

 最後にせいぜい、一暴れしてやる。

 イシュリナス寺院を、地獄に道連れにして。

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