7 nalpo vete cu?(どこからおいでに?)

 南からやってくる避難民たちに、それから幾度も出会った。

 彼らの情報を総合すると、ある程度、現在のエルナスの状況がわかってきた。

 この疫病の発生原因はいまだに不明である。

 エルナス市内への立ち入りはかなり制限されている。

 特に、内部から外部に出るものは、場合によっては殺されることすらあるという。

 死亡率は半分という者もいれば、三人に一人という者もいる。

 潜伏期間についてはよくわかっていないが、これはそもそも「潜伏期間」という概念を、セルナーダの地の人々はまだよく理解していないから、らしい。

 さらにエルナス港も閉鎖され、外から来た船は入港できない状態にある。

 イシュリナス、ソラリス、癒しを司るイリアミス女神、さらには大地母神アシャルティアの僧侶など懸命に患者の治療にあたっている。

 ただ流言飛語が飛び交い、病気にかかっていないものはエグゾーンの信徒として、殺されることもある。

 つまりは、ネスの惨劇を遥かに大きくした大惨事になっているようだ。

 ざまあみろ、とは思わない。

 ヴァルサなら、決してそんなことは望まないだろうと思ったからだ。

 スファーナも、別にモルグズのために病を広めているわけではない。

 彼女はエグゾーン女神の指示により、動いているだけだ。

 しかし予想以上に、エルナスの被害は深刻だった。

 これは、グルディアとしては絶好の好機である。

 今、イシュリナシアはいわば頭であるエルナスが、うまく機能していない状態なのだ。

 この時期にグルディア軍が大軍で侵攻してきたとしたら、どうなるのだろう。

 イシュリナシア軍の指揮命令系統はよくわからないが、かなり混乱している可能性がある。

 リアメスがイシュリナシアの現状を知れば、喜ぶだろう。

 果たして自分が正しいことをしているのか、と問われれば、なんというべきか。

 少なくとも、エルナスの民にはなんの罪もない。

 いまでも、最初の避難民の男から聞かされた村の名前が、脳裏にしっかりと刻み込まれている。

 レーミス。

 むろんただの偶然の一致なのだろうが、どうしてもあの少年のことを思い出してしまう。

 今更、怖気づくな。

 いままで自分のしてきたことを考えれば、なにをしようが許されるものではない。

 何度も己にそう言い聞かせた。

 災厄として、リアメスにすら恐れられる自分の正体が、こんなに情けない男だとは笑いの一つも漏れてくる。

 日が暮れる前にヴァーナリルという名の街に辿り着いた。

 ここはヴァーナリル伯爵領の街だという。

 この街に立ち寄った理由は二つある。

 一つは、やはり情報が欲しいから。

 二つ目は、野宿だとやはり冬は厳しいからだ。

 イオマンテでもう、寒さには懲りている。

 むろん街のなかではやはり人混みを気にしなければならないのだが、予想通りというべきか、街中は閑散としていた。

 ここは基本的に宿場町なのだろう。

 だとすれば当然、人の行き来が停滞している今は、さほど賑やかではないはずだ。

 もちろんいまだに暗殺者には警戒しているが、ネスファーディスはあくまで生きたまま、こちらを捕らえたがっている。

 しかし、だからといって油断は出来ない。

 いまのエルナスの惨状がモルグズによるものならば、もはや異界の知識を諦めて、こちらを抹殺しようと判断してもおかしくはない。

 結局、いつも自分は危険にさらされているということだろう。

 宿に入ると、主人がさっそく胡乱げな目でこちらを見つめてきた。

 あるいは、エルナスからきたかと疑われているのかもしれない。


 nalpo vete cu?(どこからおいでに?)


 vegi gurudiapo.(グルディアから来た)


 じろじろと、主人はこちらを眺めている。

 明らかにグルディア人とは思えない風体に、不信感を抱いているのだろう。


 vag yomantepo.erav uwowthama theresa.ta athi erth vam gardoreth.(私はヨマンテからきた。私はウォゥざのにぞうだ。そしてがれらは私のごうぇいぢゃ)


 凄まじいレクゼリアの訛りに、明らかに宿の主人は驚いていた。

 ただそれでも、強烈なイオマンテ訛りは効いたらしい。

 きちんと説明せずとも、イオマンテからグルディアを経由して、イシュリナシアにきたことは理解したようだ。

 宿の主人をやっていることだけあって、異国の訛りなどには敏感なのだろう。

 皮肉なことに、あるいはイシュリナシアで警戒されると思っていたイオマンテ訛りのおかげで、逆に助かったとも言える。

 しかし、こういうときにスファーナがいれば、と思う。

 彼女は見た目はともかく三百年、生きているのでそのあたりは人とのやり取りは上手かった。

 ただ、まず間違いなくそのスファーナがいまのエルナスでの疫病騒ぎの原因となっているのだから、なんとも複雑な気分にもなる。

 ティーミャがどうするか様子を見てみたが、彼女は押し黙っていた。

 ひょっとすると、人と会話をするのが苦手なのかもしれない。

 結果的には、自分が交渉役になるしかなさそうだ。

 まだセルナーダ語を覚え始めて半年の自分では、どんなぼろを出すかわからないが、いざとなったらイオマンテ訛りで押し通すしかないだろう。

 さすがに異世界からきたとは、向こうも夢にも思わないに違いない。

 だが、それからのやり取りは比較的、うまくいった。

 やはりイシュリナシアでも、エクゾーン、もしくはゼムナリア信者、さらにはウボド信者がなにかをしているのでは、という噂は流れているらしい。

 ただ、実際にその通りではある。

 問題なのは、疑心暗鬼にかられた人々が、関係ない人々を襲撃する事件がエルナスのあたりでは多発している、ということだ。

 このあたりは、中世の地球とも変わらない。

 いや、現代でも噂に流されるものは少なくない。

 ただ、それはイシュリナス神のような、悪い意味で一神教的な独善を体現している神を信仰しているから、かもしれないが。

 イシュリナスとイシュリナス寺院は、間違いなく自分にとっての敵であり、ヴァルサの仇である。

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