8 ham masu:r,ti:mxa.(もっと食え、ティーミャ)

 とりあえず、金貨一枚を前払いすると宿の主人は歓喜していた。

 この状況では宿場町の宿にとっては、笑い事ではなく死活問題なのだろう。

 ただ、なんだか宿の主人を騙しているような、厭な罪悪感に襲われた。

 それから、階段を昇り、この宿で一番、豪華だという部屋に案内された。

 ちょうど四人部屋なので、いろいろと都合がいい。

 いままでさまざまなセルナーダの地の宿を見てきたが、主人の言う通り、決して悪い部屋ではなかった。

 ただ、ウボドナでの貴族のような生活に慣れてしまった身としては若干、物足りなさを覚えたがそれは贅沢というものだろう。

 ただ、気づくといざというときの脱出先など調べている自分に、苦笑する。

 二階なので、窓から出ることは可能だ。

 さらに宿の構造を、自分で確認して脳裏に徹底的に叩き込んだ。

 もし火をつけられたら。

 普通に一階から襲撃されたら。

 あるいは外部から、魔術攻撃はノーヴァルデアの力で跳ね返せても、単純に弓矢などを使われたら、意味がない。

 ただ、今日は自分たちの他に、宿の客はいないようだった。

 それだけこの街道での交通量が激減している、ということだ。

 油断するつもりはない。

 とはいえ、今の仲間たちを見ていると、みな、必要以上に緊張しているような気もした。


 jabmito fen ers ned za:ce.now.jabmito to:g fen ers mende.(警戒することは悪くない。でも、警戒しすぎるのは問題だぞ)


 一応、そう諭してみたがそれで緊張が緩むこともなかった。

 油断しすぎも問題だが、あまりにも気を張っていると、心身ともに消耗することをモルグズは知っている。

 そのあたりを、うまく伝えられない自分が情けなかった。

 誰もがここが敵地だと理解している。

 新しく仲間となったティーミャは、がちごちに固まっていた。

 極端な話、レクゼリアは別にイシュリナスとはなんの関係もなく、モルグズの、あるいはこの肉体の子種を得て出産することが目的なのだ。

 そしてエィへゥグは、彼女を守り、故郷まで送り届ける役割である。

 だからこそ、ティーミャだけが極度に緊張しているのは理解できるが、だからといって彼女にあまり親しくすると、レクゼリアが怒る。

 そしてノーヴァルデアも、だ。

 そんなことを考えているうちに、主人に頼んでいた通り、夕食が運ばれてきた。

 貴族が食べるような白パンに、赤鶏の炙り肉、アシル豆と大兎の肉を煮込んだシチュー、そしてさまざまなチーズが運ばれてくる。

 ずいぶんと豪勢ではあるが、金貨一枚がこの地の平均的な一人あたりの生活費で二十日ぶんの価値があるのだから、こうなるのもおかしくはない。


 alov sa:mxama zerosile.(実りの神々に感謝する)


 こうした言葉は、訛りなどで多少の違いはあれ、セルナーダ全土で共通しているらしい。

 ただ、今までと違うのは、ティーミャが毒などを検知する呪文をかけた、ということだ。

 レーミスも水魔術師だったが、この呪文は知らなかった。

 一口に呪文といっても、実際には数百、あるいは数千もあるのかもしれない。

 

 mende era ned.(問題ないです)


 ティーミャの言葉をうけて、みなが食事を摂り始めた。

 やはり、食べるというのは人間の三大欲求の一つだというのが、よくわかる。

 実際、いままでの宿の食事と特に変わっているわけではないが、実に旨かった。

 レクゼリアもエィヘゥグも手を脂でべとべとにして、旺盛な食欲を発揮している。

 もちろん、モルグズもだ。

 だが、ティーミャの食が細いのが、気にかかった。

 やはり、相当に精神的な重圧があるようだ。

 

 ham masu:r,ti:mxa.(もっと食え、ティーミャ)


 正直、参ったなと思いつつある。

 やはり彼女には、今回の任務は荷が重かったのかもしれない。


 mathu:r,ti:mxa!(ぐえよ、ティーミャ!)


 どうもエィヘゥグは彼女に好意を抱いているらしい。

 まあ、若者が同じ世代の美少女と一緒ならば、むしろそのほうが自然ではある。

 だが、明らかにティーミャは迷惑そうな顔をしていた。

 このあたりが難しい。

 二人の顔をたてて、なんとか仲裁しないと、仲間うちで面倒なことになる。

 若者同士の些細な不和で、こちらの計画が潰されたらたまったものではない。

 そこまで考えるということは、たぶん、前世での自分は少なくとも二十代後半、あるいは三十代初めくらいではあったのかもしれなかった。

 もっとも現代地球の基準では、それでも若造扱いだが。

 結局、なかば強引に、ティーミャにも食事をさせた。

 ここで体力不足で足を引っ張られる、という最悪の事態は避けたかったからだ。


 menxava.(すみません)


 彼女の一言に、レクゼリアがかちんときたようだった。


 ungxato tha morguthutho.(お前はモルグずうぉごまらせてる)


 vomov fu:mo:r,lektheria.(落ち着いてくれ、レクゼリア)


 彼女は明らかに女として、ティーミャを意識しているとしか思えない。

 いまはそんな場合ではないのに。

 だが、そういう自分もティーミャにヴァルサの面影を重ねてはいないだろうか?

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