9 isxuridas ers bom ja:m.(イシュリダスは我りゅあの敵だ)

 リアメスの説明を聞いても、今ひとつ、実感がわかなかった。

 なんでもスファーナにかけられた老化を止める魔術というのは、ある種の呪いのようなものらしい。

 さらにこの呪いと、身体が再生する魔術とが妙な具合に相互作用し、スファーナの肉体を奇妙なものに作り変えたのだという。

 スファーナの肉を食べると「死にづらくなる」のだそうだ。

 具体的には、スファーナの持つ力の一部が肉を食ったものにも取り込まれてしまうのだという。

 そのなかには、強力な再生能力も含まれているらしい。

 考えてみれば、スファーナの肉を食べてから、いままで負傷したことは太腿を刺されて死にかけたときだけだ。

 あのときは、毒に気をとられていたが、実は負傷もしていたのだ。


 tom gu+tha algamum iriga.(お前の傷ば自然に治った)


 レクゼリアは、たぶんスファーナが法力をかけたのだと思っていたという。

 ノーヴァルデアの例もあるし、病の女神の尼僧が治癒法力を使えない、とは限らない。

 だが、たぶん、これはスファーナの力の一部を自分も所持した、ということなのだろう。

 最初にスファーナを力ずくで我が物にしたとき、彼女は明らかに怒っていた。

 言うなれば、これは彼女からの「呪い」なのかもしれない。

 さらに、リアメスは言葉を続けた。


 ta ti+juce tarmas sinvis tom tavle.(そして別の魂がお前の体に隠れている)


 それがなにかはすぐにわかった。

 レクゼリアの顔が喜びのためか紅潮していく。


 o+de erth.(兄さんぢゃ)


 すっかり最近はいなくなったと思ったが、まだやはり残っていたのか。

 というよりは、むしろこちらが「寄生」しているようなものなのだから、これはむしろ、当然のことなのかもしれない。

 なぜ彼は隠れるような真似をしているのか。

 やはり現実に妹と関係を持ってしまったことを、後悔し、そのおぞましさに震えているのか。

 わからない。

 いずれにせよ、これからイシュリナシアに向かい、最後の決着をつけるときにも、常に彼、つまり「リューンヴァス」は存在していることは忘れないほうがいい。

 しかし、このままではやはりレクゼリアたちもついてくるのだろう。

 邪魔ではない、といえば嘘になる。

 とはいえ、リアメスもウォーザの不興は買いたくないだろう。

 強大な力を持つ神と敵対すると、いろいろと面倒なことになる。

 ふと、スファーナが恋しくなった自分も、どうしようもない節操なしだ。

 愛だけではなく憎しみで結ばれていたとしても、ただの虚しい種馬をさせられているよりは遥かにましというものだ。

 すると、ノーヴァルデアが震え始めた。

 ゆっくりと「彼女」を撫でてやる。

 嬉しそうなノーヴァルデアの声が聞こえた気がした。

 自分もスファーナがいかれている、などと言える立場ではないのだろう。

 これからどうしたものか、と考えていると、リアメスが言った。


 susve u:das vos foy.(やっとウーダスが来るらしい)


 ウーダスとは誰だ、と質問する暇もなく、また扉が開かれた。

 一人の長身の男が、室内に足を踏み入れてくる。

 漆黒の僧衣と赤い、虚ろな仮面のような聖印を首から下げた僧侶が、静かに歩み寄ってきた。


 ko:dalm fa:han.(会っで嬉しい)


 見事なまでのグルディア訛りだが、なんの感情も込められてはいないその声を聞いて、慄然とした。

 他のウボドの僧侶とは、ある意味でこの男はレベルが違うと本能的に悟っていたのだ。

 彼にくらべれば、まだどこかにいままでのウボドの僧侶たちは、わずかではあるが人間的な部分が残っていた。

 それに比べると、もはやウーダスと名乗ったこの男は、それこそ石像と話しているような気分にさせられる。

 これがウボドの大僧正、ということなのだろう。


 abob eto bom ra:qus.(わだしはあなたをわだしのなくぁまだと思っている)


 ひどい訛りなのに、なぜか滑稽にも思えなかった。

 むしろ、不気味さを高めている。


 isxuridas ers bom ja:m.(イシュリダスは我りゅあの敵だ)


 間違ってはいないが、このウボドの大僧正を見ていると、それが正しいのかだんだんわからなくなってきた。

 年齢は五十前後なのだろうが、まるで人間が感情をもたぬなにかに乗っ取られたように見えるのだ。

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