4 erav riames.(あたしはリアメスだ)

 彼女はエグゾーンの尼僧である。

 つまり、女神からの神託を受け取ったのだろう。

 それはウォーザ神やウボド神と、病の女神が結託した、という証でもある。


 vekev.(わかった)


 いきなり、ツインテール姿のスファーナに頬を殴られた。

 彼女は、泣いていた。

 幾度、肌を重ねたかわからない。

 喧嘩した回数は数え切れない。


 eto elmis.(お前は幸運だよ)


 今度は拳で殴られた。

 だが、今のは嘘ではない、本音のつもりだったのだ。

 自分という災厄から逃れられたのだから、スファーナは運がいい。

 人の別れなど、こんなものなのだろう。

 それでも、スファーナには生きていて欲しいというのも事実だ。


 zamva fog tocho.(私はお前と一緒に死にたかった)


 それが別れの挨拶だった。

 さらに、エィヘゥグもまた、この馬車から出された。

 彼は唇を噛み締めたまま、なにも言わなかった。

 だが、スファーナと違い、たぶんエィヘゥグはこの一行と同道するのだろう。

 もしレクゼリアが妊娠すれば、当然、その守り手は必要となる。

 最初のうちは苛つかされたが、今のエィへゥグは嫌いではなかった。

 とはいえ、彼の心境は複雑、どころではないだろう。

 彼もまた、神のわがままの犠牲者のようなものだ。

 監視役だったはずが、事情が変われば今度は、自分が憧れていた女性と、その実の兄の肉体を持つ男との子供を保護する役割になるのだから。

 それから、また緩慢な地獄が始まった。

 種馬役だ。

 あるいは人によっては、それは素晴らしい人生と思えるのかもしれないが、モルグズは屈辱しか感じていない。

 これは、文字通り、家畜の生だ。

 美しい、非の付け所のない少女と交わり続ける。

 だが、そこには愛などない。

 レクゼリアが愛しているのは、自分ではなく兄のリューンヴァスだけだ。

 もうこの体は返してやるから、頼むから俺と交替してくれ。

 いくらそう念じても、奇妙なことに体を取り戻したがっていたリューンヴァスはなにも答えなくなった。

 あるいは、そうした薬物も食事に入っているのだろうか。

 それとも「妹」の痴態や狂態を見て、さすがに怖気づいたのか。

 あまりにも生々しい性の匂いがいつしか馬車のなかに充満していた。

 これはもう、人としてまともな行為ではない。

 獣のほうが遥かなましだ、とすら思えてくる。

 神の望みにより近親相姦をさせられ「よりよい子供」を作らされるている。

 レーベンスボルン、という言葉を思い出した。

 ナチス・ドイツが作り出した「純粋なアーリア人」とやらを生み出すための施設である。

 「生命の泉」を意味する古ドイツ語で名づけられたこの施設では「優れた人種であるアーリア人」、つまりはゲルマン系の特徴を強く持つ男女が集められたのだ。

 いわゆる金髪碧眼で、心身ともに健康な若者い男女が「優れた民族」を生み出すために日夜、子作りに励んだ。

 その結果、大量の障害児が生まれた。

 もともとこの計画は、第一次大戦で激減した若年人口を増やす、という狙いもあった。

 しかし、その結果は、無残な失敗に終わったのだ。

 さらにいえば、ヒトラーの唱える優れたアーリア人、つまりゲルマン民族だけではなく、彼らが劣等人種の烙印を押した、スラヴ系のものたちもこの計画には参加させられた、という。

 いまのウォーザがもくろんでいることは、これとどう違うのだろう。

 そんなことを考えながら、幾度もレクゼリアのなかに精を吐き出した。

 正確には「吐き出すように強要された」というべきかもしれない。

 もし、この計画が不首尾に終わっても、ウォーザ神はたぶん、気にも留めないだろう。

 ああ、失敗したか、程度でさして気にしないとしか思えない。

 だが、ウボドの僧侶たちもウォーザの計画をとめるつもりはないようだ。

 なので、食事や水にも、こちらの思考力を失わせるような薬物が、たぶん、大量に混ぜられている。

 それでも、かつての生硬さを失い、すっかり女の体になったレクゼリアに時折、モルグズはつぶやく時がある。


 ers ned la:ka.(これは愛じゃない)


 そしてレクゼリアが、高らかに笑う。


 sxalva.fova ba:botho.uwowtha vomoth.(知ってる。私は赤ちゃんぐぁ欲しい。ウォゥざが望んでいりゅ)


 それからの月日の流れは、もうモルグズにとって曖昧になっていた。

 すでに冬至、つまり新年は迎えたらしく、少しずつ昼間は長くなっている。

 雪よりも雨が多くなった。

 途中、森林地帯のようなところを抜けたが、これはarvatma wel、つまりはアルヴァトの森というらしい。

 ときおり、ガスティスがこちらの様子を見に来たが、彼が何を考えているかはもうどうでもよくなっていた。

 それでもグルディア側が、ノーヴァルデアを接収しなかったのは、たぶん「彼女」を恐れているのだろう。

 時間の感覚は、いつしか意味を失った。

 混乱した夢のなかで、かつての死者たちとなにかを語り合った気もするが、よく覚えてはいない。

 今の自分は家畜だ。

 だが、ウォーザ神への憎しみはあまりわかなかった。

 これほど人を馬鹿にした話もないのだが、それでもまだ、ゼムナリア女神に比べればましなのかもしれない。

 いつしかグルディア国内に入ったようだ。

 さらにリアメスも通過した。

 あそこが自分たちが引き起こした事件を、グルディアは不問に処すらしい。

 寛大だから、ではないことは理解している。

 こちらに利用価値があるからだ。

 馬車のなかでも、あるいはだからこそ、外の気温が上がっているのはわかる。

 やはりグルディアの気候は、緯度の関係もあるのだろうが、比較的、温暖らしい。

 やがて馬車が止まった。

 箱馬車の扉が開けられると、ひさびさに冬とはいえ眩しい陽光が差し込んできた。


 nedi:r.(出な)


 見ると、しわぶかい老婆がこちらを凝視していた。


 erav riames.(あたしはリアメスだ)


 それは、グルディアの伝説と化した建国王の仲間だった、女魔術師の名前だった。

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