11 vomov gardo:r.(守って)
一瞬、なにを言われているのかわからなくなった。
感謝されているらしい。
なぜ感謝されるのか、理由がわからない。
eto e+cofe.(あなたは格好いい)
一体、どこがだ。
俺は別に世界を救った勇者でもなんでもないのだ。
ただ、この二度目の生にほとほと愛想が尽き果て、大量の人間を道連れにするために邪神を解放しようとしているだけだ。
ゆっくりと、ヴァルサがかぶりを振った。
違う、これはヴァルサなどではない。
ユリディン寺院が魔術で創造した、この世にあってはならないものだ。
それなのに、なぜか彼女は「本物のヴァルサのように見えた」。
懐かしいヴァルサの匂いがする。
そしてなぜこれほど、涙が溢れてくるのだろう。
vomov gardo:r.(守って)
なにを、守れというのだろう。
もう、言っちゃなんだが、お前、また死ぬんだぞ。
ひょっとしたら、死の力にも射線のようなものがあり、彼女はたまたまそこから外れていたのだろうか。
つまり、またヴァルサを守れなかった……。
違う、とようやく気づいた。
一体、これは誰の意志だ?
あるいは、イオマンテの魔術師がこの体を乗っ取り、そう言わせているのだろうか。
それとも、所詮は知性なども見せかけのクローンということなのだろうか。
それでも、モルグズはなぜかそこに、確かにヴァルサの意志を見ていた。
ヴァルサとはそういう娘だったのだから。
男というのは、女相手には自分の格好いいところを見せてやりたくなってくる、情けない生き物である。
ならばここは、自分のエゴだ。
「このヴァルサ」には、せめて少しだけ、格好いいところを見せてやろう。
ナルハインか、あるいはやはりイオマンテの魔術師の仕業なのか。
この五芒城のどこに、「敵」が潜んでいるかを教えてくれている。
ヴァルサの導き、というのはさすがにありえない、感傷的な考えだろう。
erv dewdalgma morguz.(俺は半アルグのモルグズだ)
モルグズの声が、静まり返ったイオマンテの都にこだまする。
jen,betnav za:ce yuridreszo.(今、俺は悪い魔術師を退治する)
脳裏に、無数の耐魔術の護符をかき集める傲慢な少年の姿が見える気がした。
五芒城からは、もはや結界の存在は感じられない。
反ノーヴァナス派の仕業だろう。
彼らは「部外者」であるモルグズに、邪魔な魔術王を始末してもらいたがっている。
ノーヴァナスよ。
心の中で、モルグズは魔術王にむかって呼びかけた。
お前ももう、充分、満足したんじゃないのか。
俺はお前がどんな奴が、実際に知っているわけじゃない。
ひょっとすると、お前はただの臆病な、ガキなのかもしれない。
それがたまたま魔術師としての才能があって、魔術王なんてものにまで出世してしまったのがそもそも間違いだったのだ
だがそれでも、お前はやりすぎた。
俺は正義の味方ではない。
ただの半アルグの姿をした、災厄だ。
その災厄がお前にとって運が悪いことだが、たまたま襲い掛かってきた。
それだけのことだ。
しかし、二度も連続で死の魔術印の力をふるって、果たして自分の命は保つのだろうか、とモルグズは思った。
いや、それも神々のみぞ知る、もしくは神々にすらわからないことなのかもしれない。
呼吸を整える。
傍らでは、ヴァルサの生命の気配が消えかけている。
本物のヴァルサは守れなかったけど、もしあの世が本当にあってそこにヴァルサがいたのなら、教えてやってくれ。
この俺は、モルグズは、ほんの少しだけ格好いいこともしたのだ、と。
そして再び、モルグズは、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
zamina: no:vanas vi:do!
人の魔術印を使いながらも、発音だけはノーヴァナスに変えている。
これで魔力はノーヴァナスに集中することになる。
ふわりと体が浮かび上がったような錯覚にとらわれた。
そろそろ、限界かもしれない。
少し離れた場所で、あっけなく、暴君であった少年が死ぬのがわかった。
それとともに、ヴァルサの目からも力が失われていく。
ただ、彼女の緑色の瞳には、満足げな微笑が残っていた。
もう、思い起こすことはないとモルグズも満ち足りた気分で、また闇の世界に落ちていった。
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