12 col nal era cu?(ここはどこだ?)

 もうこの空間に慣れている自分に今更ながら、呆れた。

(なにを呆れることがあろう)

 巨大な鎌を持ち、頭巾で顔を覆った相手がなにものかは、考えるまでもない。

(わらわは汝を見誤っていたのかもしれぬ)

 なぜかひどく愉快そうだった。

(道化の助けがあったとはいえ……汝は、わらわを出し抜いた。たとえ結果論であるとはゆえ、あまたの偶然であれ……それだけは真じゃ。わらわを驚かせるものを見るのはわらわの基準でも久方ぶりである)

 ゼムナリアは、本当に嬉しいらしい。

 神々というのは、ここまで傲慢なものなのだろう。

(傲慢。汝の目にはそのように映るのも仕方あるまい。しかし、汝は誇っても良いのだ)

 多少なら、と思った。

 少なくとも、あのヴァルサは満足げに死んでいった。

(命の紛い物にすぎぬぞ)

(あんたにとってはそうなんだろうな)

 すでにもうゼムナリア、あるいは神々というものが人間を遥かに超越した存在であるとは理解している。

 巨大過ぎる、桁違いの存在だ。

(番狂わせじゃな。汝そのものが、ある意味ではあの道化に似ているのかもしれぬ。だが、汝がどうなるか、わらわとしては最期まで見届けたいものじゃ)

 最期。

 これがもう、最期ではないのかと、なんとなく思っていた。

(生憎とそうでもないようじゃ。汝は運と生命力には恵まれている。ただ、それが汝の幸福につながらぬのは皮肉ではあるが)

 そうかもしれない。

(されど案ずることはない。汝はどのみち、さほど長生きはできぬ。魔剣を使いすぎたのう。ただ、また新たな者が汝に興味を示しておる。虚ろなる騎士……あるいは、ある虚しき者こそ汝の魂に偽りの平安を与えるかもしれぬが……)


 規則正しい振動が体に伝わってくる。

 車輪がある物に乗せられているようだ。

 昔も、こんなことがあった気がする。

 あのときはヴァルサと……。

 また、瞼を開けねばならないのか。

 このままずっと眠っていたい、と思ったが、死の女神に死を拒絶された以上、生きるしかないのだろう。

 目を開けた。

 乳房が押しつけられる感触がする。

 それだけで相手がスファーナだとわかった。

 あれから、生きていたのか。

 そこで、レーミスの死を思い出した。

 あまりにもあっさりと、死んだ。

 いま考えれば、ヴァルサのクローンの攻撃からこちらを守ってくれた、ともいえる。

 馬鹿な奴だ。

 なにも災いそのものの自分にいつまでもついてこずに、別の道を行くことも出来たはずなのに。

 まだ十三歳だったのに、死んだ。

 本当に人の命が安すぎる世界だ。


 ers narha.(馬鹿だ)


 口のなかが恐ろしく苦いが、いきなり平手打ちを食らった。


 eto narha!(お前が馬鹿よっ!)


 スファーナもあの場を切り抜けることか出来たわけだが、三百年を生き続けてきた悪運は、相変わらずらしい。

 さらに殴られそうだが、もうスファーナの愛情表現にはどこまで耐えられるかわからない。

 決して笑い事ではなく、体がもたないのだ。

 ゼムナリアの言う通り、魔剣を使いすぎた代価、なのだろう。

 しかし、ここがどこなのか、わからない。

 イオマンテの魔術師たちとしては、後腐れなくあの場でこちらを殺しても良かったはずなのだ。

 それなのに、まだ生きている。

 あるいは、生かされている。


col nal era cu?(ここはどこだ?)


 era ubodoresma i+sxuku:luma u:tu.(ウボド信者の馬車の中よ)


 ウボドはグルディア王国の守護神であり、感情を失うことで苦悩と絶望から救われるという教義を持っていた神のはずだ。


 ubodo...(ウボド……)


 なぜこんなことになったのだろう。

 正直に言って、まったく理由がわからない。

 それでも、モルグズの頭脳は勝手に回転を始めていた。

 イオマンテは、イシュリナシアとグルディア、それぞれに保険をかけておいたのかもしれない。

 ノーヴァナスはイシュリナシアを取引先に選んだ。

 となれば、反ノーヴァナス派が手を組む先は、グルディアに限られてくる。

 結果的にノーヴァナスはモルグズによって殺された。

 つまり、今のイオマンテを仕切っているのは、反ノーヴァナス派のはずだ。

 はっきり言ってしまえば、モルグズは存在しないほうがイオマンテには好都合である。

 しかし、したたかな魔術師たちは、用済みの道具をさらに利用することを考えたのだろう。

 だとすれば、と思ったが、果たしてノーヴァルデアは布に巻かれてはいたが、すぐ傍らに置かれていた。

 ノーヴァナスにとっては、この魔剣は垂涎の的だったが、イオマンテからすれば、厄介な代物なのである。

 すでに闇魔術師への粛清は始まっているだろう。

 そんな国内に、闇魔術師の力を強める魔剣があるのは、どう考えても危険きわまりない。

 ならば、モルグズともども、グルディアに恩を売りつけるほうを選んだとしても不思議ではなかった。

 このあたりの政治力学の複雑さと醜悪さが地球と変わらないことは、モルグズもよく理解している。


 mathefate cu?(めずぁめたか?)


 エィヘゥグの声が聞こえた。


 teminum eto go+deve.(あんたは本当にすごび)


 そういえば、あのときは彼にも助けられた。

 だが、レーミスは死んだのに。

 あまりにもあっさりと、あっけなく。


 wob yato cu?(なぜお前がいる?)


 uwowthama yurva erth dog.(ウォゥざのこどばだからぢゃ)


 ということは、と思い箱馬車のなかを見ると、やはりレクゼリアもいた。

 だが、彼女がなにを考えているかはわからない。

 ただ、この環境は決していまの自分たちにとって良いものとは言えなかった。

 狭い馬車というのは、性フェロモンが伝わりやすい。

 さらにいえば、ウォーザの考えがわからない。

 だが今はそれよりも、レーミスの不在がきつかった。

 理解していたつもりではあったが、あまりにも簡単に、この世界では人が死にすぎるのだ。

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