10 alova.(ありがとう)

 morguz! vam mo:yefe magboga!(モルグズっ! 私の可愛い怪物っ!)


 違う、スファーナ、怪物なのは俺じゃないんだ。

 あそこにいるアルデアも、イシュリナスの騎士も、あいつらこそが怪物なんだ!


 van fo+sel!(おはようっ!)


 また口からよだれたれているぞと言おうとしたが、なぜかヴァルサはナイフを刀身をこちらに向けてくる。

 その刀身が濡れていた。

 毒だ、と思った。

 そうだ、毒をこのヴァルサたちは使おうとしているのだ。

 おそらく命に関わるものではない。

 ネスファーディスが狙っているのは、自分が持つ「異界の知識」なのだから。

 己がまたばらばらになった気がした。

 この策を考えたのも、実行にまでうつしたのもネスファーディスに違いない。

 いきなりスイッチが切り替わったように、モルグズの意識は現実に戻った。

 ふざけるな、と思った瞬間、おそらくは麻痺毒を塗りつけられたヴァルサがにこやかに笑いながら肩のあたりを狙ってきた。


 aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!


 誰かが絶叫している。

 悲鳴か、怒声か、もう誰がなにを言っているのかもわからない。

 眼前のヴァルサの頭蓋を、ノーヴァルデアの刀身で叩き割った。

 かつて愛した少女の頭が切断され、脳漿と血しぶきがあたりに派手に待っていく。

 なぜ泣いているかも自分でよくわからなかった。

 ノーヴァルデアは、偽物の生命でも満足なのか命を吸い上げている。

 うまいのか、ノーヴァルデア。

 じゃあ、もっとお前に食わせてやるよ。

 これは駄目かもしれない、と思った。

 本格的に、正気を失いかけている。

 いや、でもきちんと相手をヴァルサの偽物と認識できているんだから、まだ自分は正常なのかもしれない。


 dermo:r re...(呪われよ……)


 誰だよお前、うるさいんだよ、みりゃわかるだろうが。

 俺はどれだけ呪われてるんだって話だよと、笑いながら次のヴァルサの右肩から左脇腹にかけて一気に切断した。

 鎖骨に肋骨を叩き割ったあげくに脂肪も結構、刀身につくかもしれないが、ノーヴァルデアが魔剣で本当に良かった。

 嬉しそうに震えながらまたノーヴァルデアがヴァルサの命を吸っていく。

 そのとき、誰かの首を踏みつけたらしく、頸骨が砕ける厭な音がした。

 だれだっけ、そうだ、レーミスだ。

 思った通りだ、俺に関わるからこんなことになるんだよ。

 未来について心配しただけ、無駄だったな。

 人間て、本当に信じられないほど、死ぬときはあっさり死ぬってわかっただろう。

 お前にはなんの死亡フラグもたってなかったのに、その点、スファーナはまだしっかりエィヘゥグの陰に隠れてやがる。

 でもあいつもいつか、突然、死ぬんだろうと考え、次のヴァルサの腹を剣で貫き通した。

 いまので何人、ヴァルサを殺したっけ?

 ふいに斬撃がやってきた。

 今度はイシュリナスの騎士だ。

 さすがにヴァルサと違って本職の軍人は違う。

 動きにも無駄がないし、単に力まかせというわけでもない。

 でも相手が悪かったなとモルグズはヴァルサの返り血で血まみれになりながら笑った。

 容赦なく、頭蓋から鼠径部まで、鎧ごと騎士の体を寸断する。

 嘘みたいだけど、魔剣の切れ味ってのはすごいものだ。

 普通の剣でも、兜を割るだけでも大変なのにな。

 しかしこれじゃあ、きりがない、と次にやってきたヴァルサの頭を切り飛ばした。

 面倒くさい。

 もう、お前ら、みんな死ね。

 どいつもこいつも、いい加減にしてくれ。

 震える左手で死の魔術印を描き始める。


 zamina: reidu vi:do!


 今度は、前回、つかったときとは桁違いの死の力が、前方にむかって放出されていくのがわかった。

 別段、派手な音がしたわけでもなければ、爆風が吹き荒れたわけでもない。

 ただ、唐突に、圧倒的な、あまりにも圧倒的な静寂がやってきた。

 いつのまにか、あたりは嘘のように静まり返っていた。


 wob ers cu?


 イオマンテの中枢、五芒城へと続く石畳で舗装された道の上に、百数十体の死体が転がっている。

 銀色の鎧の騎士たちと、そして金髪の少女たちだ。

 みんな、死んだ。

 モルグズが、自分が、殺した。

 なんだかよくわからないが、疲れた。

 確かさっき起きたばかりだったような気がするのに。

 そのなかで、一人だけ、生きているものがいた。

 呆然と、両膝をつき、恐怖に体を戦慄かせている。

 信じられないものを見た、あるいは経験してしまった、といった感じだ。

 こいつの名前は、なんといったろうか。

 思い出した、アルデアだ。

 よく生きているな、と感心したが、彼女の首にかけた、真っ黒に溶けた、異臭を放つ首飾りのようなものが見えた。

 耐闇魔術用の護符、といったところか。

 おそらく、もともとは相当に強力な魔力が封じられていたのだろう。

 途方もない死の魔力の解放に耐えきったのだから。


 zemga:r...(殺せ……)


 これがもし彼女一人に狙いを定めていれば、この程度ではすまなかっただろう。

 奇妙にかすれた、しゃがれ声でアルデアが言ったが、モルグズは彼女を無視した。

 殺すのが、面倒臭かったからだ。

 さすがに、今回ばかりは、きつすぎた。

 何度もヴァルサや騎士の死体を踏みつけ、五芒城に向かいながらそう思った。

 俺、またヴァルサを、殺しちまったな。

 そういえば、ここの地下にクーファーがいるんだった。

 ごめんな、ヴァルサ。

 最後まで俺は駄目な男だった。

 一度だけじゃなく、何度もお前を殺して殺して殺して殺して……だから、もう、勘弁してくれ。

 ここに、災厄の星を落とせば、すべて終わりだ。

 ふいに、誰かがすがりついてきた。

 彼女は優しく、笑った。


 alova.(ありがとう)

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