9 morguz! eto jabce!(モルグズ、危ないよっ!)

 あのナルハインの様子がおかしかったのも、これならば理解できる。

 体中が凍りつきそうな気分にとらわれていた。

 神々と人間、果たしてどちらが恐ろしいのだろうか。

 少なくとも現代の地球では、クローン人間の製造は行われていなかったはずだ。

 それは地球では人権などの概念のほうが、先に発達したことも関係している。

 しかし、そんなものがない世界で魔術だけが進歩すれば、今見ているような悪夢も現実になるのだ。

 なんということをするのだ。

 確かユリディン戒とかいうものがあり、魔術師は建前としてはそれを守るのではなかったか。

 あのとき、ゼーミャは実験はうまくいっていないと言っていた。

 たぶん、嘘だ。

 うっかり部外者に口を滑らせてしまったことで、適当にそう言い繕ったのだろう。

 そうでなければ、あまりにもヴァルサのクローンの誕生は早すぎる。

 なぜ、わざわざヴァルサを使ったのか。

 答えは、わかりきっている。

 もしモルグズが「暴走」したときの、切り札として使うためだ。

 むろん、これはあのヴァルサではない。

 たとえばアルデアとノーヴァルデアは、顔立ちの相似からしてまず間違いなく一卵性双生児だったはずだ。

 つまりは天然のクローンである。

 二人は同じ遺伝子を持っていても、まったくの別人だ。

 ましてやこのクローンたちは、通常の妊娠、出産を経てきたわけではない、あまりにも不自然な存在である。

 それでも、彼女たちを見ているだけで、体に震えが走った。

 もしこいつらの正体がただの幻術を使った魔術師であれば、たとえ心がちぎれるような思いをしても、モルグズは彼らを殺していただろう。

 いや、むしろヴァルサの姿を使ったことで怒り狂っていたかもしれない。

 こいつらは人間ですらない、まがい物だと何度も自分に言い聞かせた。

 だが、やはりヴァルサなのだ。

 彼女たちに、魂があるかどうかはわからない。

 それでも、見ているだけで涙が溢れそうになる。

 ゼムナリアは、真の意味での死者の蘇生はこの世界では許されないと言っていた。

 嘘だとは思わない。

 しかし、これは死者の蘇生「ではない」。

 つまり自分の知っていたヴァルサとは遺伝情報が同一なだけの、ただの怪物だ。


 magboga era...(怪物だ……)


 magboga?(怪物?)


 アルデアが笑った。

 嘲笑していた。


 nap ers magboga cu?(だれが怪物なの?)


 モルグズは、頬を涙が伝うのを感じながら言った。


 aln to eto magboga!(お前ら、みんな、怪物だっ!)


 それはもはや、魂を引き裂かれた獣の咆哮に近かった。

 怒りと恐怖と愛情と絶望とが目まぐるしく全身を駆け巡る。

 イシュリナスの騎士たちに守られながら、何十人ものヴァルサがこちらに駆け寄ってきた。

 その手には、短剣が握られている。

 虚ろな笑みを浮かべた少女たちが、口々に言葉を発していた。


 wob ers cu?(なに?)


 erav ned tavzay!(私は娼婦じゃないっ!)


 mazefate cu?(目が醒めた?)


 まだ悪夢から醒めてないんだよ、ヴァルサ。

 だから、頼むからこの夢から俺を醒ましてくれ。

 こんな悪夢を俺はいつまでも見たくないんだ。


 morguz! eto jabce!(モルグズ、危ないよっ!)


 レーミスが駆け寄ってくるヴァルサの一人にむかって、なにか呪文の詠唱を始めようとした。

 彼も魔術師なのだから、ある程度は戦闘的な呪文は使える。


 mato:r!(やめろっ!)


 モルグズは少女のように華奢な少年の体を、後ろから羽交い締めにした。


 gow lagt...(でも、また……)


 その刹那、ヴァルサが微笑みながら唐突に、レーミスにむかってナイフを投げた。

 いきなり、少年の首筋にナイフの柄が生えた。

 一体、なにがおきたかわからないがわずかなアンモニアの臭気がする。

 おい、待て、なんの冗談だ、これは。

 なんで、レーミスの首にナイフが出ているんだ。

 ひょっとしたら、この世界にもマジックショーがあるのかもしれない。

 そうだ、実際に魔術があるのだから、別の意味のマジック、つまり手品があってもなにもおかしいことはない。

 だいたいヴァルサがレーミスを殺すなんて、無茶苦茶、というかいろいろと辻褄があってない。

 いきなり、エィヘゥグが怒声のようなものをあげたかと思うと、赤みがかった金色に輝く青銅剣を抜き放った。

 その刀身から、ばちん、とでもいうような音とともに紫色の稲妻らしきものがイシュリナス騎士の一人の体を直撃する。

 再び衝撃音が鳴り、騎士の胸当てのあたりが焦げたようになっていた。

 騎士本人も、倒れている。

 いまのは、稲妻の精霊のようなものだろうか。

 それとも、やっぱりこれも手品なのか。

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