2 ers torduresma ma:su.(貧乏人の食べ物よ)

 wob erth cu?(なんぢゃ?)


 レクザリアの顔に恐怖の色が浮かんでいた。


 ers asc magzuma so:ro satogo.(災厄の星が落ちた痕跡だ)


 エィヘゥグも、馬鹿みたいにぽかんと口を開けていた。

 まだどこか少年っぽさが残っており、ひげもまだきちんと生え揃っていない。

 年齢はレクザリアと同じか、下手をすると年下かもしれない。

 これを見て平然としていられる者のほうが、むしろおかしい。

 ふとモルグズの顔が歪んだ。

 クレーターの周囲には、吹き飛ばされた家屋の痕跡のようなものがあちこちに残っていたからだ。

 完全に炭化して、柱だけが何本か残っている。

 むしろよく残ったものだと、別の意味で感心したほどだ。

 たぶん、ここには村があったのだろう。

 ウォーザが吹雪などおこさなければと言いたくなったが、やったのは自分である。

 こちらを見るエィヘゥグの顔つきが、変わっていた。


 wothuma lekth...(あらじののおぅ……)


 そうだ、とモルグズは思った。

 この力があるからこそ、ウォーザ神は自分を「嵐の王」とやらに選んだのだ。

 これだけの力を使う覚悟が、お前にはあるのか、と言うのはさすがに酷だろう。

 本質的には、彼はたぶん、純粋で善良だ。

 自らの信じる神を疑ったことなどないのだろう。

 ある意味、うらやましくもある。

 すでにモルグズの手は、あまりにも多くの人々の血にまみれている。

 それを否定することなく、受け入れてゼムナリアを始めとする神々相手に、無謀な戦いを挑んでいるのだ。

 それにしても、とクレーターを見つめて思う。

 これは奇妙だ。

 普通ならば、これだけの異変が起きれば、イオマンテの魔術師たちが調査にきても良さそうなものである。

 もともと魔術師は好奇心が強い。

 逆に、警戒されているかもしれなかった。

 すでにゼムナリアが、魔術王ノーヴァナスにむけて、これから危険な男がくると耳打ちしている可能性は高い。

 こちらの所在も、とうの昔に探知されているだろう。

 レーミスは年齢のわりにはとんでもない力を持っているが、この世界はさらなる化物がいる。

 それでも、いまはレーミスはさまざまな意味で貴重な存在だった。

 特に彼の「結界破り」の力は、また使えるかもしれないのだ。

 ユリディン寺院にすら潜入できたのだから、イオマンテの魔術師たちの根城に入れない、とは言い切れない。

 ちなみに彼らの拠点はsakvanspase:rid,すなわち「五芒城」という魔術的な城塞であり、イオマンテの都の中心にある。

 周囲はメディルナのユリディン寺院のような、あるいはそれ以上の結果が張られているだろう。

 それでももし結界を破れさえすれば。

 災厄の星の他にも、もう一枚の切り札を、モルグズは持っている。

 もし「死の魔術印」を習得できさえすれば。

 ラクレィスの言葉が真実であれば、たぶん自分はこの世界で唯一「実際に死を経験した人間」なのだ。

 そしてこの魔剣は「闇魔術の力を増幅させる」ものである。

 自分が「死の魔術印」を用いた呪文を唱えれば、イオマンテの魔術王でも、ただではすまないだろう。

 もっとも、そのためには「死の魔術印」を覚えなければならないのだが、あてはない。

 すでにゼムナリアは敵に回っている。

 そんなことを考えているうちに、すぐに夕方になった。

 冬のセルナーダの昼は驚くほどに、短い。

 風よけには、クレーターの縁がいいだろう。

 モルグズたちが野営の支度を始めると、レクザリアたちも手伝いだした。

 もうレーミスもすっかり慣れたものだが、レグザリアとエィヘゥグはどうも危なっかしい。

 彼らはこの地の気候には慣れているはずなのだが、あまり野営の経験はないようだった。

 それでもウォーザの民が持たせてくれたものは、いろいろとありがたかったが。

 イオマンテでは、特に鯨油が一般的に使われているらしい。

 モルグズが呪文を使い、天幕のなかで鯨油に火を灯すと、エィヘィグはまた驚いていた。

 先日、ウォーザの起こした吹雪で遭難しかけたときに比べればまるで天国である。

 とはいえ、自分たちはいつ魔術師たちの襲撃をうけてもおかしくはないのだ。

 無防備もいいところである。

 ただ、遠距離魔術攻撃からは守られているのがせめてもの救いだ。

 それでも依然、街中などが危険なことにはかわりがないし、ウォーザが変心してまたなにかろくでもないことをしてこないとも限らない。

 スファーナも、レーミスも、ことと次第によってはノーヴァルデアすら、敵にまわる。

 やがて煮立った小さな鍋に麦の粉と、乾燥させた黄褐色の根菜らしきものを入れた。

 そこに鯨肉も入れるのだから、贅沢なものだと思う。

 ヴァルサと昔、農家から奪った麦粉で粥を作ったことを思い出した。

 あの頃は、まさかこれほど波乱万丈というよりは狂気じみた日々を過ごすことになるとは思わなかった。

 半年どころか、この世界に来て十年くらいは過ぎたように感じられる。


 wob ers cu?(なんだ?)


 例の黄褐色の得体の知れないものを指差すと、レクゼリアが答えた。


 erth borsxe.


 sでも口蓋化したものはthにはならないようだ。


 ers torduresma ma:su.(貧乏人の食べ物よ)


 レクザリアが、スファーナの言葉を聞いて睨みつけた。

 スファーナも「今は」負けん気が強い状態のようだ。

 お互いが剣呑な神に仕える尼僧同士なので、喧嘩をしたらとんでもことになる。

 そう思いながら匙でborsxeとやらをすくって食べてみると、懐かしい味がした。

 これは、馬鈴薯だ。

 またの名を、ジャガイモという。

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