3 mav sud resazo.(女を食べたことならある)

 いままで、この地にはジャガイモはないものだと思っていた。

 正確にいえばたぶん、これも「ジャガイモのようなもの」で地球のものとはまったく異質な可能性もあるが。

 地球でのジャガイモの原産地は南米のアンデス山脈近辺のため、大航海時代になり、アメリカからヨーロッパにジャガイモはもたらされた。

 ヨーロッパでは例のジャガイモ飢饉のときのようにある時期から盛んに栽培されはじめたが、芽に毒があるため、また姿形が不気味だったことから病気にかかるなどの迷信があり、なかなか食用にはされなかった。

 しかしいまでは、ヨーロッパの人口が一気に増えた原因の一つともされている。

 ただ、モルグズの食べた馬鈴薯は、ひどく小さかった。

 最初から皮は向かれ、干した状態にはなっていたが、地球の品種ほどには農業生産性は高くないのかもしれない。

 さらにスファーナの言うとおり「貧乏人の食べ物」として敬遠されているのかもしれなかった。

 それでも馬鈴薯があるというだけでも、結構な驚きではある。

 ただ、迂闊に「では馬鈴薯栽培を人々に勧めよう」などと考えたら、それこそアイルランドの二の舞いになりかねない。

 地球の知識はなるべく、この世界では使わないと決めたのだから。

 文句を言いつつも、しっかりとスファーナは馬鈴薯を食べている。

 相変わらず地獄のような性格がねじ曲がっている、と思ったが、ふいにノーヴァルデアが震え始めた。

 むろん彼女のことを忘れていたわけではない。

 本当は彼女にも食事が必要なのだ。

 つまりは「人の命」と言う名の食事が。

 エィヘゥグが無理矢理、恐怖を押し殺したように笑った。


 magarts ju:yiyalm fikuth.(魔剣が飢えているみたいだ)


 teminum juyiya li reysuma so:lole.(本当に人の命に飢えているんだ)


 モルグズの表情を見て、それが冗談ではないとようやくエィヘゥグは理解したようだ。

 レクゼリアの顔も蒼白になっていた。


 hato:r.ma: ned tuz,jen yem.(安心しろ。彼女はお前たちを食べない、今はまだな)


 かつてはこの魔剣の刀身は人間だったと言ったら、二人はどんな顔をするだろう。


 mato sud reysuzo cu?(お前は人を食べたことがあるのか?)


 エィヘゥグの問いに、モルグズは牙をむきだしにして笑った。


 mav sud resazo.(女を食べたことならある)


 嘘ではないが、あまり脅しすぎるのも良くないかもしれない。

 ましてや、その相手が隣のスファーナだと知ったら、エィヘゥグは狂乱しそうだ。

 しかしよくわからない。

 なぜウォーザ神はわざわざ神託で、このまだ少年といってもいい若者を指名し、自分の監視役にしたのだろう。

 まさか適当に近くにいた者を選んだわけでもあるまいし、と思い、その可能性もあると思い直した。

 さまざまな意味で、神々は思考の桁そのものが違いすぎる。

 神にとって人間がどんなふうに見えているかは、謎である。

 昨夜、ゼムナリアは自分が所詮、人間の生み出した幻のようなものにすぎないことを認めていた。

 たとえそうであっても、結局、彼らがあまりに強力すぎる力を持つことには変わりがないのだ。

 ウォーザは嵐を自在にとは言わぬまでも、それなりに自らの意志で起こせるだろう。

 ある程度の制限、制約に縛られてはいても、神々は人間たちに介入してくる。

 数千、ひょっとしたら数万年は存在している存在の思考の桁は、人間には計り知れないものであると、改めて肝に銘じておく必要があった。

 あるいは人間の子供が蟻の巣に水をかけたりして遊んでいるのと、似たような感覚ということもありうるからだ。

 ふいに、どこかともなく狼の遠吠えが聞こえてきた。

 まるで立て続けに、互いになにかを伝えあっているようにも思えてくる。

 レクザリアの表情が変わった。


 napreyth voth.(だれががぐる)


 あいも変わらずの訛りだが、どうやら狼の声が、そのまま神からの報せだったらしい。

 そういえば、以前、吹雪に襲われる前にも狼の声を聞いた気がした。

 あれはウォーザ神に狼たちが反応していた可能性がある。

 人間だけではなく、獣までも神々は使う。


 napreys ers cu?(誰かって?)


 vekava ned.avath zemgothma athmottho.(わからない。がれらはてづのぶぎうぉもっでいる)


 訛りがひどすぎて、なにを言っているかちょっとわからなくなりそうだった。


 ers yuridres cu?(魔術師か?)


 レクゼリアがかぶりを振った。

 しかし武器を持っているというのは、聞き捨てならない。

 当たり前の話だが、イオマンテ軍がみな火炎魔術師というわけではないのだ。

 歩兵や、羊のような妙な獣に乗る騎兵もいると聞いた気がする。

 いずれにせよ、ノーヴァルデアにとっては「夕飯」ができるのだからいいことだ。

 ただ、こちらにからすればあまり歓迎できる事態ではないが。

 モルグズがノーヴァルデアを構えて天幕の外に出ると、負けじと意地をはってかエィヘゥグも青銅剣を鞘から引き抜いた。

 こうした剣を、誰もが使えるとは思えない。

 それなりに腕を認められているのだろう。

 お手並み拝見、といったところだ。

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