第二十一章 yiomante yurid leksuya(イオマンテ魔術王国)

1 eto ned retha cu?(お前、おんぬぁじゃないのかっ?)

 仲間が増えた、と考えるべきなのか。

 あるいはお荷物が増えた、と思案すべきなのか。

 なんとなく後者のような気がしてならない。

 まずレーミスに術をかけてもらうときに、エィヘゥグが騒ぎ出した。


 eto yuridreth cu?(お前、魔術じなのか?)


 さすがにウォーザの尼僧であるレクゼリアは気づいていたようだが、エィヘゥグはいまでにレーミスの正体がわからなかったらしい。

 戦士として、頼りになるのだろうか。

 レーミスがイオマンテの魔術師とは関係ないといくら説明しても、エィヘゥグは魔術そのものが嫌いなようだ。

 さらにレーミスが実は男だと告げると、エィヘゥグの顎が外れそうになった。


 eto ned retha cu?(お前、おんぬぁじゃないのかっ?)


 ただ、これは仕方ないかもしれない、とはモルグズも思う。

 更に厄介なのは、エグゾーンの尼僧であるスファーナについてだったが、これはさすがにレクザリアが正体を見破った。


 ava a:mofe ja:bima maghxu:diltho.(彼女はたくさんやまぃの悪霊うぉ持っている)


 だいぶ訛りには慣れてきたが、やはりアクセントのない位置でiがしょっちゅう、脱落するのがいろいろと落ち着かない。


 avto kap mxuln selinzo.(お前だって妙な精霊を持っているじゃない)


 確かにレクザリアからは精霊のような不思議な感覚がした。

 どうやら先住民系の神の僧侶には、精霊を使う者もいるらしい。

 ただ、それも地域差があるのかもしれなかった。

 少なくともイシュリナシア人であるラクレィスは、精霊の対処法を知らなかったのだ。

 だが、このイオマンテでは精霊を使う系統の魔術がまだ残っているのだろう。

 そしてイオマンテの魔術師たちは当然、対処法を心得ているだろうが、その知識はあまり外には広まっていないようだ。

 魔術師は知識を秘匿したがることは、もうよくわかっている。

 あまりにもばらばらで、目的も考え方も違う五人組である。

 いや、ある意味ではモルグズ以外の四人は、基本的な目的は一致している。

 彼らはみな自らの信じる神のために行動している。

 だが、そのなかでモルグズだけが、まったく正反対の目的で動いているのだ。

 あの選択が間違っていた、とは思わない。

 とはいえ、どこかで「ひょっとしてなにか騙されているのではないだろうか」という疑念が、あのウォーザの民の集落を離れるにつれて強まってきた。

 邪神たちの目的は、まず間違いなくこの地をかつてのような暗黒時代に一度、戻すことだろう。

 自分がそれを逆らうつもりになったのは、明らかに自らの意志である。

 なのに、なにかとんでもない見落としをしているようでしだいに不安になってきたのだ。

 英雄になりたいわけではない。

 罪を償うためでもない。

 もう、不毛な殺戮にうんざりし、これ以上、心のなかのヴァルサが悲しむ顔は見たくなかったのだ。

 やはりゼムナリアの言う通り、もともと猜疑心が強すぎるのだろう。

 スファーナを見ていると、ときおり不安になる。

 彼女は一見すると高慢な少女のようにしか見えないが、その中身はすでにばらばらになっているようなものだ。

 ひょっとすると、自分も気づいていないだけで、スファーナと似たようなことになっているのではないだろうか。

 思考がぶれ、情緒不安定になり、思いつきで物事を決めていないか?

 わからない。

 自分を他者のように客観視できる人間はいないのだから。

 ただもしそうだとしたら、原因は二つ、考えられる。

 一つ目は言うまでもなく魔剣の影響で、心身が予想以上に消耗してしまっている。

 二つ目は、かつてのこの体の持ち主であるリューンヴァスの存在だ。

 ちらちらと、憎しみと恋慕ともつかない視線をレクゼリアから感じる。

 そのたびに心の奥底に震えのようなものを覚えるのだ。

 肉体的には異父兄妹なのだから、間違えがあったら今度は近親相姦ということになる。

 いくらなんでも酷すぎる。

 さらにいえば「仲間」同士の人間関係もまた、厄介だ。

 スファーナとはただの肉欲とも異なる、赤黒い愛欲と憎悪で互いに魂をからめとられている。

 一方、健気なほどにレーミスはこちらを慕っているのも理解している。

 レクゼリアはモルグズに非常に複雑な感情を抱きながらも、それを明らかに不快がっているエィヘゥグがいる。

 昔の昼のドラマじゃあるまいし、いろいろと歪みすぎている。

 むろん背中に背負ったノーヴァルデアのことも、決してモルグズは忘れていない。

 悪夢のようなハーレムがあるとしたら、たぶんこういうものだろう。

 神々のおかげで、とんでもないことになっている。

 だが自分にもさまざまな責任があるのだから、これは自業自得というものだろうか。

 いずれにせよ、これからのことを考えると頭が痛い。

 相手は、イオマンテの魔術王だ。

 ウォーザの民の前では大見得をきってみせたが、やはりあのときの自分は普通ではなかったのではないか、という気がしてきた。

 しかし、単調な風景だ。

 イオマンテの都にむかい、道なき道を歩いているのだが、白い雪の絨毯に敷き詰められた丘陵地帯がどこまでも続いている。

 ただ、しばらく歩くと、やがて「災厄の星」が落ちたとおぼしきあたりにまた近づいてきた。

 木々が折れ、土砂が吹き上がったような形跡も残っている。

 しばらくすると、不気味なものが視界に入ってきた。

 直径一イレム(約一・五キロ)ほどの、見事な円形をしたすり鉢状な地形が出来上がっている。

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