8 wob ers cu? ham masu:r eto rxa:fe dog.(なんだ? 若いんだからもっと食え)

 一方、レーミスもやはり食が進んだ様子はなかった。

 

 wob ers cu? ham masu:r eto rxa:fe dog.(なんだ? 若いんだからもっと食え)


 とはいえ、彼はもともと少食である。


 za+kelakilno,jativ ci cu?(反乱……僕ら、勝てますかね?)


 mende era ned.(問題ない)


 モルグズはぎこちなく笑った。

 やはりレーミスに見えているのは、そこまでか。

 当たり前だ。

 自分は地球の知識があり、さらに直接、死の女神と幾度も語らっているからこそ、神々の思考までわかるのだ。

 虚しさを覚えながらもモルグズは言った。


 jatis ci kilnole zemgas ja:mma oszo nxal.(敵の首領を殺せば戦に勝てる)


 そこで、はっとなった。

 とりあえず、実行可能かどうかはともかく、いまの魔術王であるノーヴァナスを殺せたとする。

 そうしたら、この国ではなにが起きるだろうか。

 当然、まず新たな魔術師が魔術王になるだろう。

 イオマンテには副王と呼ばれる五人の魔術師がいる。

 彼らの間から次代の魔術王は選ばれる。

 これは副王どうしの合議による。

 複数の者が次代の魔術王に立候補した場合、多数決だという。

 すぐに決まることもあるが、十日ほど時間がかかることもある。

 もし新たな魔術王が現状を正確に認識していれば、ただちに現在のさまざまな愚かな政策をやめ、イオマンテ軍の再建に取り組むだろう。

 ウォーザ神による嫌がらせは続くだろうが、新たな魔術王が賢明であれば、民を慰撫するための政策を重視し、多少は内政も安定させるはずだ。

 そうなればたとえウォーザの民を中心に決起するものがいても、どこまで賛同者が出るかは怪しくなる。

 反乱がおきてもあっさりと鎮められ、イシュリナシアもグルディアも介入を諦めるに違いない。

 楽観論すぎるか。

 答えは、然りだ。

 まず、そもそものノーヴァナスを殺すことそのものが、ほぼ不可能にしか思えない。

 災厄の星を使えば他にも巻き添えがでるうえ、最悪の場合「災厄の星すらもノーヴァナスは無効化する」かもしれないのだ。

 イオマンテの魔術王は、実質的にセルナーダでも最強の魔術師の一人、と考えたほうがいい。

 ましてやノーヴァナスの魔術的防護は凄まじいものだろうし、さらに彼の周囲には暗黒省の闇魔術師たちがいる可能性が高い。

 問題は他にもある。

 たとえノーヴァナスを殺せたとしてもその後継者がまともな魔術師とは限らない。

 あるいはノーヴァナス本人が、実はただ魔術師としては有能なだけで、実質的には別の魔術師やゼムナリア信者の傀儡と化していれば、まったく意味はなくなる。

 とはいえいままでと違い、「絶対に勝ち目がない」わけではないということは、理解できた。

 ふいに、世界に色彩が蘇ってきたような気がする。

 地球でいうクリームシチューのような汁のなかの牛肉を噛み締めた。

 ショスに漬けてあったのか、さまざまな旨味が一気に舌の上で踊り出す。


 ers vanuman.(旨い)


 ウォーザの民たちは気にもとめていないようだが、実際に、味までが変わった気がした。

 旨い。

 ヴァルサに最初に食べさせてもらった料理の味とは違う。

 それでも、やはり旨い。

 馬鹿みたいに、旨いのだ。

 災厄の星を落とし、肉体的、精神的な消耗は激しくとも、それでもなぜ、食い物はこんなに旨いのだろう。

 次に油に漬けた牡蠣を食べたが、これもたまらなかった。

 浅ましいとは思う。

 愚かだとも思う。

 それでも、酒も、料理も、上手くて仕方がない。

 隠し味がほんのひと匙の「希望」だと言ったら、昔の自分はなんと言うだろう。

 人間の運命の選択肢というのは、思いもよらぬ瞬間に、思いもよらぬ形で訪れることは知っているつもりだった。

 地球では「のぞみ姉ちゃん」の冷たい体に触れた瞬間、それは起きた。

 だが、この世界ではまったく反対のヴェクトルで、起きたのである。

 まだ、災厄は回避できるかもしれない。

 ごくごく頼りない、一縷の望みではあるが、それは確かに存在する。

 旨い。

 料理が旨い。

 酒が旨い。

 遠からず、自分が死ぬことは理解している。

 だが、それでも多くの人々に、このあまりにも単純な喜びをもっと知って欲しいというのは、ある意味ではより純粋な、エゴだ。

(それを待っていたんだ)

 いきなり、声ならざる声が聞こえてきた。

(正直、僕はずっと君をネスから出したことを後悔していたんだ。でも、いまの君は変わった)

 ナルハイン神、だろう。

 愚かな神と人々には思われている。

 それはある意味では事実である。

 だが、トリックスターは災厄をもたらすこともあれば「たまたま、人々を凶運から救う」こともあるのだ。

 死の女神、ゼムナリアが唯一、忌み嫌っていたのは考えてみればナルハインではないか。

 「幾度、煮え湯を呑まされたかわからぬ」とまで言わしめた神なのである。

 むろん信用しすぎるのは危険だ。

 トリックスターを信じるのは、自殺行為である。

 だが、死の女神のような強大な存在と正面から立ち向かうときには、こうした神こそが役立つのも事実なのだろう。

(神々には俺の考えはどこまでわかるんだ)

(ま、僕は君とは縁が深いから気づいた。あとあのおっかないおばさんには、悪いけどばれたね。でも、他の神々はどうだろう。神々は全能じゃないってのは、もう知っているでしょう)

 狙い目はそこだ。

 たぶん自分の魂は、この世界にきたときからゼムナリアと深く結びついている。

 だから、あちらには思考は筒抜けだろう。

 それでも、神々とはいえ信者でない者の思考はわからないのかもしれない。

 ならばまだ、打つ手はある。

 相手はあまりにも強大だが、彼らには致命的な弱点があるのだから。

 次なる災厄を目論む神々は、独自の利益を追求しているだけで一枚岩とはほど遠い。

 それが定命のはかない存在であるモルグズの持つ、たった一枚の切り札だった。

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