7 tarvat(宴)

 一応は宴席のはずなのだが、あまり浮かれ騒ぐものはいない。

 あちこちから、刺すような、あるいは怯えたような視線を感じる。

 モルグズはレーミスとスファーナに毒見役をさせながら、料理に手をつけていた。

 おそらくもうイオマンテの王都にも、自分の存在は知られているのではないか。

 まず間違いなく、このなかには魔術師、もしくは魔術師に通じている間者がいるだろう。

 ただ、さすがに複雑な気分だった。

 ノーヴァナスという魔術王も、ゼムナリアに操られている可能性が高い。

 だとすれば魔術王本人は、しばらくモルグズを泳がせておくのではないだろうか。

 というより、そのように女神に誘導されている、というのが正解か。

 魔術の天才であり謀略家かもしれないが、所詮、まだ十五歳の少年である。

 別段、相手を侮るつもりはない。

 しかしレーミスを見ていると「天才少年」というものがどんなものか、よくわかる。

 やはり人生経験というものは侮りがたいものだ。

 ただ、逆の例として同時にスファーナも見ているので、さらに気分は複雑になる。

 おそらくノーヴァナスという少年は、さまざまな人々を操り、それを愉しんでいるつもりなのだろう。

 だが実際には、彼も神々の操り人形のようなものなのだ。

 まさか、ここまでおぞましいことになっているとは、想像していなかった。

 神々の思考は、人間のそれと比較しないほうがいい。

 知力の高低ではなく、神々の物事を考える枠組みがあまりにも巨大過ぎるのだ。

 彼らは僧侶たちに法力を与え、信徒を導き、さまざまな形で地上に介入してくる。

 その前では、あまりにも人間は無力だ。

 蟷螂の斧、どころの騒ぎではない。

 まさに桁違いの存在である。

 かなうわけがない。

 それなのに、いま自分はひどく、愚かしいことを考え始めている。

 ヴァルサの一件で、この地の人々を、人間存在そのものを憎悪した。

 いまでも、そうした感情はむろん、ある。

 そうでなければ血まみれ病を蔓延させ、災厄の星で一千の人間を瞬時に消し飛ばすことなどしなかったはずだ。

 もう今さら、自分の運命が変えられるはずがない。

 もし自分が抗ったところで、たぶん別の人間が新たな駒として用意されるだけだ。

 いっそのこと、イオマンテの都に直接、災厄の星を落とせばいいのではないかとも考えたが、無意味だ。

 魔術王や多くの魔術師が死ぬことになるかもしれないが、そうなればイオマンテ国内は大混乱に陥り、結局は内乱と同じ、あるいはさらにひどいことになるかもしれない。

 他にもさまざまな方法を模索したが、見つからない。

 そもそも、なぜこんなことを考えているのだ。

 いまになって「人々の命を救うことを考えてどうする」のだ?

 モルグズの読みでは、イオマンテは国家として滅び、イシュリナシアとグルディアが二大勢力として生き残る。

 とはいえ、その先は?

 もともとイシュリナシアとグルディアは犬猿の仲なのだから、今度はこの両国の間で全面戦争に発展するかもしれない。

 それでどちらかが勝てば、まだいい。

 だが両国の国力は拮抗している。

 最悪、共倒れになる。

 となれば、またかつてのような暗黒時代に逆戻りするかもしれない。

 スファーナが生まれたような時代に。

 飢餓と戦争、疫病の流行が常態化し、邪神信仰が公然と行われるようになるだろう。

 果たして、何人、死ぬ?

 ゼムナリアは百万の魂を捧げよ、と言った。

 いま考えると、それすらもちっぽけな数字に思える。

 実際にはこの地に住まう数百万の人々が死んでいくのではないだろうか。

 むろんそれはモルグズ一人の責任ではない。

 他にもさまざまな人々が関わっているからだ。

 いや、むしろだからこそ困る。

 ゲームで魔王一人を倒せばいい、というならまだ楽なものだ。

 しかし、これからこの地を襲うであろう大災厄は、そんな単純なものではない。

 さまざまな神々がそれぞれの思惑をもち、彼らに操られた人間が自分に与えられた役割を理解しないまま、破滅へと近づいていく。

 たぶん人間、というか半アルグではあるが、神々の思惑をある程度まで理解しているのは、異世界人であるこの自分くらいだろう。

 そして大災厄は避けられない。

 いくら考えも、その結論にたどり着く。

 構わない、ヴァルサの仇討ちだ、と心のなかでつぶやいてみた。

 無理だ。

 最初から本当は心のどこかでわかっていたのだ。

 ヴァルサは決して、こんなことを望んではいないと。

 ただのモルグズの私怨で、関係のない人々を巻き込んで殺した。

 挙句に気づけば、本物の災厄そのものとなりはててしまったのが、今の自分だ。

 俺は弱い人間だな、と思った。

 酒がちっとも、うまくない。

 並んでいる料理は、たぶんかなりのご馳走、ではあるのだろう。

 大兎や豆類のスープと黒パン、そしてチーズというのがセルナーダ人の一般的な食事だが、いま目の前にはあるのは山海の珍味、といってもいいだろう。

 独特の風味を持つ肉は、たぶん鯨だ。

 干して油につけた牡蠣やその他の貝類、大海で採れたとおぼしき魚の干物なども、この山間部では相当に贅沢な食事に違いない。

 パンも発酵させた白パンだし、牛乳を煮込み、人参などの野菜を入れ、牛肉をじっくりと煮込んだシチューもある。

 旨い、はずなのだ。

 実際、スファーナは歓声をあげて周囲の目など気にせず美味そうに料理を平らげている。

 いまは菜食主義者ではないらしいが、また肉を食っている最中に吐き出すかもしれないとはいえ。

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