9 zemnaria hura.(ゼムナリアが笑う)

(血迷うたか)

 いきなり夢の中でそう言われると、なんと答えていいかわからない。

(ここまできて愚かな偽善か)

 偽善と言われると否定できない。

(ああ、偽善だな。でもいい加減、あんたの言うことを聞いているのにも飽きてきた。大いなる死の女神様よ)

(道化が汝の味方になると?)

(知らねえよ)

(自らの愚かさを汝は改めて知るべきじゃ)

(ああ。そうかもしれねえな。で、ノーヴァナスのほうはうまく手なづけたのか?)

(あいも変わらず小賢しいことよ。わらわはわらわの求める道をゆくのみ。そもそも汝はノーヴァナスだけがわらわに操られているとでも思うておるのか?)

(知るわけねえだろ。俺はもともとこの世界の人間じゃねえ。あんたも面白がって俺を道具に使ってるだけだろ)

(否定はせぬ)

 死の女神が笑った。

(汝がなかなかに使いでがある。しかし、そろそろわらわも考えを改めるべきではあるかもしれぬ)

 ただの脅しではないだろう。

(然り。より便利な道具のほうが使いやすければの)

 やはり神々には人の心はわからないようだ。

(くだらぬ。定命のものよ)

(だーから、あんたらには人の心がわかってねえんだよ)

 モルグスは心のなかで叫んだ。

(人の心なんて、あんたらは真剣に考えたことあるのか? いや、無理だよな。それがあんたらの弱点だってわかったよ。あんたらは、神々は、人に命じるだけだ。こっちの心なんて理解しない。でもな、人間にも心がある。あんたらから見れば瑣末なものでも、そいつは確かにある。そして……あんたら、実はそれを無視できないんじゃねえのか)

 これがただの推測であることはゼムナリアも理解しているはずだ。

 なにしろ相手はこちらの心が読める。

(曖昧な推測じゃな)

(ならば言おう。あんたたちの存在って、そもそも『人間なしじゃありえない』んじゃねえのかって)

(愚かな)

(いや、なんとなく俺もどこかで気づいていた。あんたもたまに愚痴っていたろう。神々って、つまるところ、『人間の欲望や恐怖が生み出した幻影みたいなものなんじゃねえか?』)

 まさか死の女神が絶句するとは思わなかった。

(人の子など……)

(あんたにとっての寄生先だ)

 またゼムナリアが言葉を失った。

(もっと早く気づくべきだった。そう、地球の神話の神々と同じだ。地球のいろんな神話で、神々ってのは『わけのわからない自然現象を擬人化するところから始まっている』)

 相手が悪かったな、とモルグズは思った。

 他の世界から遊び半分で、魂を転生させるからこういうことになるのだ。

(つまり、神々が世界を作ったわけでも、神々が人間をつくったわけでもない。俺も最初はそういうこともありうると思っていた。でも、お前たちは『そうじゃない』んだよ。神々ってのは『人間の無意識的なさまざまな感情が生み出した代物』なんだ。人々が死を恐れるから、お前が生まれた。嵐が怖いから、太陽がありがたいから、大地が……これ以上、説明はいるか?)

 死の女神が笑った。

(なるほど。汝でなければその考えには行き着くまいな。異世界からの者よ。だが、わらわは死の女神である。つまり、神罰として汝を……)

(それも嘘だな)

 モルグズは断言した。

(神罰を使う神々は確かにいる。しかし、あんたはそれを使えないんじゃないか。だって、死の女神がいちいち神罰を好き放題、使えるんだったら……とっくにこの世界の人間は死に絶えている。森の女神で、ウェルシオンミリスってのがいるよな。あの女神がやたら神罰に厳しいって聞いたときから疑問だったんだ。その答えは、人間と違って植物や動物は人間みたいに神に祈れないからだって。あんたは恐ろしい女神だ、それは否定しない。でも、あんたも世界の法則というか、ルールというか、その枠からは出られない。神々がなんでもできるなら、もう人間なんていらないだろう。でも人間は今もいる。それは、あんたらが結局、人間の力、無意識の恐怖やら信仰心に依存しているからだ。もしそうでなきゃ、前のセルナーダの暗黒時代のときにこの地は滅びていた。あんたたちは、ある種のウィルスだ。人間という宿主がいなければ生き延びられない。ネルサティアで大規模な破壊が起きたのは、たぶん『あんたにとっても事故』だったんだろう)

 自分がしていることのとんでもなさいには、気づいているつもりだった。

 今自分は、本気でこともあろうに「死の女神ゼムナリア」に、このセルナーダで最も恐れられている強大な邪神に喧嘩を売ろうとしているのだ。

(汝はわらわへの恩義を忘れたか、異界の者よ)

(恩義?)

(わらわが汝をこの世界に呼び込まねば、汝の魂はそのまま消滅していた。ヴァルサと出会うこともなかった。その点については……)

(その点については、感謝はしている。厭な奴もいたが、いろんな奴にあわせてくれたことも。でも、それとこれとは話が違う)

 死の女神がうつむいていた。

 笑っている。

 嘲笑ではない。

 本当に心底、愉快そうに笑っているのだ。

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