11 tav era sobce.(体が寒い)

 敵は思いもかけぬ形でやってきたというのは、多少、大げさかもしれない。

 一応、モルグズもそういう事態は想定していたのだから。

 だが、予想よりも遥かに強大で、危険な敵であることを失念していた、と残念ながら言わざるを得ない。

 すでに視界は真っ白になっていた。

 自分の体にスファーナとレーミスが、しっかりとしがみついていなければ、たぶんみなばらばらになっていたはずだ。

 いわゆるホワイトアウト状態だった。

 大自然がついに猛威を奮ってきたのである。

 吹雪、という形をとって。

 寒い、のではなく痛い。

 体中あちこちを、鋭い刃物のついた風と氷の巨人の拳で殴られ続けているようなものだ。

 モルグスは一応、火を灯す程度の火炎魔術は使えるがいまは燃やすものがなかった。

 あったとしても、この吹雪のなかでは見つけられない。

 見つけたとしても、粗朶などはたぶん湿気っていて簡単には燃えないだろう。

 松のような油脂成分の高い樹木の枝ならまだましなのだが、そうしたものも見つからない。

 アリッドで調達した毛皮の外套でも、骨の髄まで染み込むような冷気からは守ってくれなかった。

 笑いごとではなく、このままでは凍死しかねない。

 しかもすでに、日没が近い。

 あたりが急速に、白から灰色一色へと移り変わりつつある。

 

 tav era sobce.(体が寒い)


 スファーナの声も震えていた。

 レーミスに至っては、すでになにかを言う気力すら尽きていそうだ。

 災厄の星を降らすほどの力をもっていても、所詮、モルグズもただの人、ならぬ半アルグだということだ。

 気がつくと、声がほとんど出せなくなっていた。

 一度、災厄の星を落としてから、やはり体力低下が著しい。

 こんなところで凍死など、ゼムナリアに笑われそうだ。

 とはいえ、今の自分になにが出来るというのか。

 しだいに思考力まで鈍っていく。

 猛烈な眠気に、ふいに襲われた。

 寝たら死ぬ。

 よく冬山に関する冗談で言われるが、それは決して笑い話ではすまされない事実なのだ。

 もはや低体温症になっているのかもしれない。

 頭を使え。

 いまの自分にはなにが残っている。

 防寒対策が足りなかった。

 ならば熱をおこすしかないが、この有様ではどこに可燃物があるかもわからない。

 いや、と思った。

 可燃物というより「吹雪を吹き飛ばす方法」は存在するのだ。

 考えてみれば「これは自然の吹雪なのだろうか」。

 魔術師たちや僧侶は、意図的にある程度までなら気象を操作できるのだから。

 あるいはイオマンテの魔術師たちの仕業かもしれない。

 攻撃呪文が効かないなら、氷漬けにしてしまえばいい、ということだろう。

 しかし、甘い。

 そちらが「自然現象」でいくならこちらも「自然現象」で対抗するまでだ。

 ただ、少しばかり方法が違うが。

 すでにスファーナもレーミスもぐったりしている。

 モルグズは震えながらも、ノーヴァルデアを巻いていた布をほどきはじめた。

 やがて黒々とした魔剣の姿があらわになる。

 ノーヴァルデアは寒さを感じないだろうが、彼女がこちらを心配してくれているのはわかった。

 大丈夫だ。

 そのかわり、またお前の力を借りる。

 魔術師たちは、これからの自分の行動を見て頭がおかしいと思うだろうか。

 しかし、これが効果的な手段であることだけは、彼らも否定はできないはずだ。

 吹雪には、病も、闇魔術も無意味だ。

 とはいえ切り札をとっておいたまま死ぬのもまた無意味なのである。

 そう考え、ノーヴァルデアをたかだかと灰色の空にかざしながら、念じた。

 今度は前回ほどの威力はいらない。

 もっと小さく、そして被害は少なくてもかまわない。

 というより、そうでないとこちらも巻き込まれて死ぬ。

 意識を凝らし、天上の軌道から適切な「災いの星」を探し当てた。

 思った以上に、この惑星の周囲には危険な小天体が周回している。

 やはり月が三つあるも影響しているのだろうかと他人事のように思いながら、精神を集中させた。

 まるで心の一部が引っ張られたような、独特の感覚がやってくる。

 そうだ。

 こっちの水は甘いぞ。

 昔、どこかで覚えた童謡が脳裏をよぎる。

 しかし、いまからこちらに突撃してくるのは蛍などではない。

 もっと禍々しい力を持つものだ。

 さあ、その調子だ。

 いい子だな。

 そこで、視界が薄暗くなった。

 あるいはすでに日没を迎えたのだろうか。

 なに、かまわない。

 短い時間ではあるが、また眩しくなる。

 問題はそれからだ。

 もはや手段を選ばず、即座に病魔の悪霊をばらまいてでもどこかの家屋に入って体を暖めねばならない。

 ただその前にちょっとばかり「このまわりを暖める」だけだ。

 どれほどの時間がたっただろう。

 なにかが頭上をよぎり、東の空へと流れていく。

 雪に突っ伏して、目を閉じた刹那、それでも閃光の強烈さに瞼を通して眼球の血の赤さが透けたような気がした。

 しばし遅れて、いままでの吹雪でさえ可愛らしく思えるような暴風が東からやってくる。

 激しく太鼓を打ち鳴らすかのように鳴動が続き、また大地そのものが揺れていた。

 衝撃と音、そして熱波とが周囲の雪を一気に吹き飛ばしていく。

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